夢子のホテル大好きシリーズ

由布院「亀の井別荘」

3度目の湯布院行きで憧れの宿に

 憧れているホテル、旅館は今でもたくさんある。「いつか・」と夢見ている。その中でも由布院「亀の

井別荘」は最優先グループに位置していた。憧れていた理由は何だろう。豪華・高級という点では、他

に目の玉が飛び出そうな高額な宿はいくらでもある。では美食か? 地の食材を中心に据えた食事で

あることは知っているから、それでもなさそうだ。伝統と格式?ま、そんな大仰なことではない。金鱗湖

の隣に何とも独得のほんわかした暖かさと凛とした気品が漂っている宿。正体はわからぬ、その暖かさ

と気品が私の憧れだったのかもしれない。巨大な別府温泉の陰で、大分の山間にひっそりとあった湯

布院が、街興しの成功で全国に知名度を上げて来た話は、つとに有名だ。昭和30年、由布

院町と湯平村が合併して湯布院町が誕生した。「街興し」「町つくり」の中心的役割を果たしたのが、こ

こ「亀の井別荘」の社長である中谷健太郎氏と、従姉妹のご主人である由布院「玉の湯」社長の溝口薫

平氏であることもまた知る人は多い。泊まるからには、中谷健太郎さんと直にお目にかかって、いろんな

お話を聞いてみたい。そう思っていた。

 昨夜の酒が未だ幾分残ってはいたが、早く目が覚めたので起きることにする。中2階の洋室から1階

に下り、Uターンする形で更に下に下りて行くと、そこにはこの部屋専用の浴室がある。寒い。身震いす

る程寒い。寒いハズだ。今朝雪が降ったらしく、小さな中庭の木々にも雪が薄く積もっている。ザブザブ

と露天風呂に身を沈めると、昨夜から流れ込んでいた湯船の湯が盛大にこぼれ落ちていく。温泉の暖

かさで緩む身体と、首から上が感じる寒さの対照。紅葉真っ盛りの雪景色を見たい!湯から上がって、

金鱗湖まで散歩することにした。

   

透明のアクリルの板が雪で真っ白になり、挟まれたもみじが押し花のように張り付いている。昨日到着

した時は、カラリとした秋の空に紅葉が美しく映えていたが、今朝の雪をまとった木々は、一晩で大人び

たようなシットリとした美しさを帯びていた。美しさの中にやがて果てることを知った哀感を秘めている

ようにも思える。朝餉の準備をしている宿の人以外、起き出していない静かな敷地を抜けて、金鱗湖に

行く。途中の木々の紅葉はコワイ程に美しい。真正面に見える由布岳は白く化粧をしている。やがて見

えて来た金鱗湖は、湖面には白い蒸気が濛々と、一方から逆の一方へ烈しく流れている。湖に温泉が

流れ込んでいる所から蒸気が盛んに上がっている。昔「岳下の池」と呼ばれていたが、明治17年鶴崎

の儒学者毛利空桑が「飛び跳ねた魚の鱗が、夕陽に映えて金色に輝くから金鱗湖」と名付けたそうな。

湯布院に観光で訪れる人は年間に300数十万人。たいがいの人は金鱗湖に足を伸ばし、そして隣接

する「亀の井別荘」を憧れの目で見つめる。

      

    

 

人気の17番館に宿泊

 「亀の井別荘」は、敷地面積1万坪。その敷地に客室は、本館の洋室6室と民家風離れ15室があるば

かりだ。一つひとつ趣きを変えた離れの中でも、17番館はことに人気があると聞いていた。もう長い間 

「亀の井別荘」に通い続けている友人ご夫妻が、今回の滞在で、お気に入りの17番館を譲って下さり、

ご自分達は本館の洋室に移られた。そんなことで、初の 「亀の井別荘」は、1番人気のある部屋に宿

泊と結構づくめで始まった。萱葺き屋根の門をくぐる。奥の方に本館が見えて来る。フロントとラウンジの

小さな灯りがやさしく誘うようだ。右には紅葉した美しい木々。17番館は、正面の庭を挟んで本館の真

向かいにある。大きな独立した家屋の右側は16番館、左が17番館で入り口は新聞受けもある普通の

民家の玄関のようだ。

   

   

 ガラリとガラス戸を開けて、中に入ると3畳の踏み込み部屋、左に広い和室がある。和室の右手には

広い濡れ縁、奥は書斎コーナーのような2畳がある。濡れ縁の向こうは、芝生の庭になっていて、湯上り

らしき客が散歩している姿も見える。部屋の突き当たりに開き戸の押入れがあり、テレビや冷蔵庫が収

納されている。特段、飾り立てたところもないが、清潔で清々しい部屋である。文机の上に油屋熊八翁

について書いた栞があった。平成14年の2月、3月新橋演舞場で「別府温泉地獄めぐり」の舞台公演

があり、私は2度も見に行ったのだが、その主人公が油屋熊八で、この亀の井別荘は熊八の別荘とし

て大正10年に建てられたものである。中村勘九郎扮する油屋熊八、別府で小さな宿を営む女性に藤

山直美。すっからかんになって別府に泳ぎついた熊八が、持ち前のアイディアと行動力で、別府温泉

に観光バスを導入、地獄めぐりの観光ルートを開設、別府温泉の看板を全国あちこちに立てて宣伝と

八面六臂の活躍で、別府温泉を日本一の温泉地に仕立てる基礎を作った人物として描かれていた。

プログラムを読むとそれまで大人気を博して来た「浅草パラダイス」シリーズが一旦終了し、亀の井別

荘に滞在していた中村勘九郎さんが、中谷健太郎さんから「面白い縁」の人物として油屋熊八の話を

聞いたことが、「別府温泉地獄めぐり」公演のきっかけになったとあった。舞台出演者全員に自分の好き

な温泉宿のアンケートがあり、勘九郎さん、波乃久里子さん始め多くの舞台人が、この亀の井別荘を上

げていた。お茶と一緒に頂くお茶受けは「巳次郎柿」。中谷健太郎氏の祖父で、金沢からこの地に来て

亀の井別荘を創設した中谷巳次郎氏の名前に因んでいる。無類の柿好きで、柿のある季節は、柿をむ

さぼるように召し上がったとか。柿の産地・耶麻渓の「渓月堂」と組んで作り上げたのがこの「巳次郎

柿」と言う。

   

   

   

和室の左側には、広い板の間があり、正面が洗面、左奥にトイレがある。大きな布が下がっているだ

けでいきなり男性トイレなのでちょっとびっくりする。トイレと逆側に上る階段、下る階段。階段を下がっ

ていけば、部屋専用の風呂と露天風呂があり、階段を上がれば、ヒミツの小部屋のような洋室がある。

部屋に入ってすぐ気がつくのは、天井が高いこと。漆喰に剥き出しの梁とのコントラストが鮮やかだ。骨

董品を集めたようなシックな家具と深い色のカバーで覆われたツインベッド。既にストーブで部屋は温

められ、居心地の良さが嬉しい部屋だ。17番館の人気の秘密は、どうやらこの部屋にありそうだ。今晩

は私がこの部屋を使い、男性陣には階下の和室で寝て貰おう。

   

   

   

   

南国風の大風呂

 17番館から出て右手に行くと、すぐ大風呂がある。右が男子風呂、左が女子風呂。湯船は真中に蘇

鉄だろうか、南国風の木が生えた小島のような岩があり、それを取り囲むようにしてお湯に浸かる。何だ

かここだけ宮崎っぽい。温泉は透明でさらさらとした湯だ。洗い場も床も、石が1つ1つ張ってあり、冬

場の石が足の裏に冷たい。大風呂の外には、桧作りの露天風呂があり、静かに湯を溜めていた。風呂

から上がると、バスタオルも歯ブラシもたっぷり用意された脱衣場で寛ぐ。体重を知りたければ測ればい

い。マッサージをしたい人はマッサージチェアに横たわればいい。温泉の薬効を更に高めたければ、

温泉水を飲めばいい。洗面台も広い。良い温泉宿の条件には、風呂場の脱衣場も大事だ。

   

   

   

   

1万坪に建物が点在

 敷地の中をざっと説明する。まず客室部分だが、フロント、ガーデンレストラン「蛍火園」や洋室6室の

ある本館、中庭を挟んで私が泊まっている17番館と16番館、右手の渡り廊下を進むと、1番から14番

までの和室の離れがある。その一角にはレンガ作りの談話室。渡り廊下のところどころにオリエンタル調

の象の焼物がさり気なく置かれて道しるべとなっている。フロントはこじんまりとしていて、客に威圧感を

与えない。フロントの前のラウンジには、ふんだんに飲み物が用意されて「お帰りなさい」「いらっしゃい

ませ」という温かい宿の気持ちが感じられる。本館から左手方向の先には、大風呂と宴会も出来る建物

がある。

 客室部分から門をくぐって外に出ても、まだ敷地は亀の井別荘だ。1階が雑貨や食品を販売する「鍵

屋」、その2階は茶房の「天井桟敷」、その奥の建物は、山家料理を出すレストラン「湯の岳庵」がある。

今回の宿泊の前にも、ここまでは2度来たことがある。「天井桟敷」も「湯の岳庵」も大変な人気で入るこ

とが出来なかった。亀の井別荘は、湯布院を訪れる人みなの憧れの宿なのである。「湯の岳庵」の奥の

「雪安居」では、陶芸家の藤ノ木土平氏の展示即売会もやっていた。幾つかある古い建物には、今まで

多くの芸術家達が寝泊りをして来たのだと言う。大分中部大地震で大きな被害を受けた湯布院は、そ

のピンチを辻馬車を走らせたり、音楽祭、映画祭などを開催して復興のチャンスに代えて来た。映画祭

に集まる映画人は金が無い。「いいよ、いいよ、俺のとこに泊まっていけ。面倒は見ないから勝手に寝

泊まりしろ」と、敷地にある建物を開放したそうだ。宿の経営をするまで東京の撮影所で助監督をやって

いらした中谷健太郎氏の、映画人の後輩に対する愛情だったのだろう。敷地がただ広いというだけでな

く、経営者の懐の深さまで感じる亀の井別荘ではある。

   

   

   

   

   

 高級旅館では1人客は敬遠される。私なぞ、たいがいは1人旅だから何度断られて不愉快な思いを

したことか。以前、質問したところでは、亀の井別荘では1人客も歓迎しますよ、とのことだった。

1人の場合は、本館の洋室に泊まる。今回、17番館を譲って洋室に泊まられた友人夫妻の部屋を見

せてもらうことにした。本館の2階に上がる。骨董らしい家具のある落ち着いた洋室。風呂は桧作り

で温泉が溢れている。洋室全室に温泉の風呂だとか。食事は、1階のレストランで取る。温泉に居な

がら、ホテルのような「放っておいてくれる気楽さ」を味わうには、絶好の洋室である。今度は1人

でここに泊まろう。

   

   

さてさて楽しみの食事は

 和室の離れは部屋出しである。17番館の和室で、5人の賑やかな夕食となった。料理長の自筆の献

立があり、たくさん食べられるぞ、と期待が膨らむ。笹茸、自然薯、酒肴盛り合わせ、お造り(平目、エン

ガワ、地鶏の笹身、砂ずり)、ハモ土瓶蒸し、ハモの骨と自然薯の唐揚げ、合鴨薬研掘焼き、蕪のクリー

ム煮、鯖の馴れ鮨、(私の持ち込みの小豆島の生オリーブ塩漬け)、山女魚昆布押し、手打ち蕎麦、雑

穀米、味噌汁、漬物、デザート。豪華という食事ではない。地元の食材を中心にした丁寧な料理を頂い

た。食事の前に出た手打ち蕎麦にしても、蕎麦畑を持って栽培した蕎麦を使うという手間を掛けたお料

理だった。常連の友人夫妻に前回は何をお出ししたのか調理長は覚えている。重ならないようなメニュ

ーを考える。部屋付きの仲居さんも、I夫妻とは長いお付き合いらしい。客と宿の関係と言うより、親しい

友人の家に滞在するといった雰囲気だ。食事の途中から中谷健太郎さんも座に加わって、冷酒(宇吉

郎)をグビグビ頂きながら、楽しい夜は更けていった。

   

   

   

   

   

朝食は、部屋出しもして貰えるのだが、本館のガーデンレストラン「蛍火園」で頂くこと

にした。紅葉した庭を見る清々しいレストランだ。洋朝食と和朝食があり、好きな方を選ぶ。

私は和朝食にする。湯豆腐、ぐじの塩焼き、大根おろし、ほうれん草のお浸し、厚焼き玉子、

きゃら蕗、漬物、梅干し、海苔、味噌汁、五穀米、デザート。五穀米が美味しく、同行の男

性陣は3杯も食べた。売店の「鍵屋」で五穀米を買い求めた。

   

   

至福の時は談話室で

 どこも寛げる亀の井別荘だが、極上の場所は談話室である。朝7時から夜の11時まで。暖炉では

薪がパチパチ燃えて、煎れ立てのコーヒーが用意されている。たくさんの蔵書、膨大なSPレコード。犬

が小首を傾げていそうな大きなスピーカー。ゆったりした椅子。宿のパンフレットには「退屈の折には談

話室をご利用ください」とあったが、ここでなら何時間でも退屈を凌げる。美味しく楽しい夕食を終えた

後、みんなで談話室に移った。中谷健太郎さんの話の続きを聞きたかった。健太郎さんの著書も読み、

この亀の井別荘、湯布院の街を作って来られた人生を少しは知っているつもりではいるが、やはりご本

人のお話に優るものは無い。溢れる温泉と自然だけは豊かだが、寂れた山村の1つだった湯布院を、

岩男町長、溝口薫平さんと一緒になって、全国有数の人気観光地にして来られた。「明日の湯布院を

考える会」を代表し、大借金をして北欧9ヶ国を回られた。真の意味の豊かさに遭遇して、カルチャーシ

ョックを味わわれたそうだ。高い目標を掲げ、高い志を以って、努力した結果が湯布院という街だ。今や

年間300数十万人の人が入り込む街になった。街は繁栄しているが、一方で自然は失われる。湯布院

が湯布院の良さを残したままで、これからも発展して欲しいものだ。それを確認するためにも、これから

もせっせと亀の井別荘に通うと思う。談話室に収録されたSPレコードのコレクションが素晴らしい。昔の

音を聞きながら、これからの湯布院を考えるのは至福の時だろう。

   

   

                                      おしまい

データ:亀の井別荘 〒879-5198 大分県由布院温泉岳本

    電話:0977-84-3166  FAX:0977-84-2356

    行き方:博多駅―JR久大本線特急2時間―湯布院駅―タクシー4

        大分空港―バス40分―別府 車かJR30

    チェックイン:午後3時  チェックアウト:午前11

    料金:和室離れ 12食付き 3万―4万円

       本館洋室 1泊2食付き 3万―3、5万円

    詳しくは、直接お問い合わせくださいね。

    泊まった日:平成1411月   書いた日:平成153

 

    ホテル日記のトップに戻る   夢子倶楽部のトップに戻る