パクパク日記26年2月1週
木曜日ウィーンから戻り、日曜日にはドイツ・ハンブルグへ出発
フィアカーで旧市街見物 
インペリアルホテルウィーン
2月 2日(月)ウィーンはどんより曇り 寒
朝 ウィーン・インペリアルホテルウィーン「カフェインペリアル」朝食ヴュッフェ







朝食ヴュッフェは意外と質素



ヴェルテンベルク公フィリップの私邸をウィーン世界万国博覧会のために1873年ホテルインペリアルとなった






フランツ・ヨーゼフ皇帝とエリザベート皇妃も要人に面会するためホテルに度々訪れた



世界から王族・政治家・芸術家・スーパースターが滞在した



上皇様ご夫妻が滞在された時の様子。ホテルの前には大きな日の丸が掲げられた



大理石に囲まれた階段を上がってくるとロイヤルスィートがある1階フロアへ






徳川米子さんのサイン 指揮者カルロス・クライバーのサイン 歴史的にも貴重なゲストブックを見せて貰った


9時からインペリアルホテルの伝説コンシェルジェであるモーザー氏にホテル内をご案内頂いた






ホテルの隣は楽友協会。10時から楽友協会のバッグヤードの見学
昼 無し!
夜 インペリアルホテルウィーン「カフェインペリアル」(2人で)ポテトクリームスープ13€、ヴィーガンバナナマフィンフルーツ12€、水
13€、テーブルチャージ6€



今夜のコンサートは8時開始なので軽食で腹ごしらえ



「ディ・シュロスカペレ」の演奏を聴いたが、観客のマナー悪い上に寒いので後半は早退した
先週木曜日、モーツアルトの誕生日に合わせた「モーツアルトウィーク」にザルツブルグに3泊してオペラと2つのコンサート
を愉しんだ後、週末日曜日にバスでウィーンに移動した。インペリアルウィーンに宿泊して今日は2日目だ。やっ
ぱりこのだだっ広い部屋は寒くて洟が垂れる。ヒーターを入れて貰おう。朝食会場となる「カフェ・インペリア
ル」は昔ニューイヤーコンサートの後で遅いランチを摂ったことがある。朝食はヴュッフェ。まぁ高級ホテルらしい品数は
揃っているとはいえ、昨日までのホテルザッハーザルツブルグのふんだんなヴュッフェに比べるとチト寂しいよう
な。カフェスタッフの愛想とサービスは、ザッハーが圧倒的に優れている。朝食後、インペリアルホテルの伝説的なコンシェル
ジェだったモーザー氏に特別にホテルの案内して頂いた。そもそもこのホテルが出来た時代背景から始まって、
豪華な宴会場がヴェルテンベルク公フィリップの私邸だった時代には厩舎や馬車置き場だったなんて話や フラ
ンツ・ヨーゼフ皇帝とエリザベート皇妃もホテルに宿泊している要人に面会するため度々ホテルを訪れたとか、ロイヤル
スィートルームでは世界中から訪れた王族や貴族、経営者、芸術家(特に音楽家)の署名を集めたゲストブ
ックを見せて頂いた。日本の上皇様ご夫妻がおいでになられた時のお写真もあった。インペリアルホテル見学
の後は、すぐ裏手にある「楽友協会」の見学。昨年もここを見学したが、インペリアルホテルの豪華絢爛さ
に比して、豪華に見えてもこちらは実は木製だったりで徹底的に音の良さを追求する造りとなって
いる。見学の後、皆さんは「音楽の家」見学とランチに出かけられたが私は失礼した。今夜もフリーで、
オペラ組と楽友協会での名曲コンサート組に分かれ、私は名曲コンサートへ。ベルント・グラッドウォールが指揮するディ
・シュロスカペレという宮殿ゆかりの室内オーケストラの演奏で、前半にはハイドンの交響曲変ロ長調「王妃」とモ
ーツアルトの交響曲第40番ト短調を聴いたのだが、観客がひど過ぎる。83€と比較的安いとはいえ、「楽
友協会」の夜のコンサートなのに客席はガラガラ。しかも数少ない観客のマナーは最低だった。斜め後ろのカッ
プルは演奏中でも喋っているし、注意するとふたりで私を睨み返すし、反対側の斜め後ろのおっさ
んは前の席(つまり私の隣席)に両手を載せて顔を乗っけているし、超有名なモーツアルトの40番の演
奏でも1楽章終わるごとに拍手して演奏者達のリズムを崩し、それが4楽章まで続いて・・休憩時間
には中国人若い女性達が最前列で代わる代わるやって来て撮影大会・・。しかも空いているせいか
座席が寒く、風邪が悪化していくように感じだ。後半は聴きたかったヴィヴァルディ「四季」なのだ
が、帰ろう。今夜「楽友協会」に来た人達はナニをしに来ているのだろうか。後ろの方の席だった
人に翌日聞いたところ自由席の客の一部は床に座り込んでいたらしい。音楽の都ウィーンでよ、音楽フ
ァン憧れの楽友協会でよ、ブラームスやヨハン・シュトラウスは泣いているよね。なんてこった!う〜む、悲しい。
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2月 3日(火)ウィーンは雪が降りそうな曇り ムチャ寒い
朝 ウィーン・インペリアルホテルウィーン「カフェインペリアル」朝食ヴュッフェ









馬車(フィアカー)でウィーン旧市街の歴史地区を走り、世界遺産に登録された建物などを眺める



王宮だね ここはブルグ劇場だ シュテファン大聖堂で下車






日本語ペラペラのガイドさん。大聖堂の壁には 度量衡が発達していない時代の貴重な測りが






エレベーターでシュテファン大聖堂の屋上に昇ってがムチャ寒い!!!
昼 インペリアルホテルウィーン客室にて 関西風きつねうどん、フィナンシェ、ソイジョイ



皆さんはウィーン食べ歩き散策に行かれた。私はタクシーで戻り、客室でこんなランチ
夜 インペリアルホテルウィーン「宴会場」(6人で)スモークサーモン、黒トリュフ入りクリームスープ、鴨肉のローストポテチと栗添
え、パン、焼き林檎のデザート、白ワイン、赤ワイン







ウィーン最後の晩餐
4日連続オペラやコンサートが続いたが、最終日の今日はホテルの個室でゆっくりディナーを摂ることになって
いる。音楽を愉しむことが目的の旅ではあるが、そんな日もあると正直ホッとする。朝ホテル前にはフィ
アカーが待機している。車進入禁止の旧市街歴史地区を、フィアカーに乗って見学するのはいつも楽しい。
K城さんと2人で葦毛の馬が曳くフィアカーに乗り込む。昔はあのウェストから大きく広がった長いドレスを
着た女性達が乗ったのだから私が乗れないなんて口が裂けても言えない。でもやっと乗った(笑)。
ウィーンでフィアカーに乗るのはこれで4回目だろうか。こちらも旧市街を見学するが、沿道の人達は逆に
フィアカーを撮影している。面白い関係だ。日本で言えば、人力車ね。石畳みの道をパカパカという2頭
の馬のヒズメを聞きながら進んで行く。一通りグルっと旧市街を走って終点はシュテファン寺院。そこにこ
れからウィーンを案内してくれるガイドさんが待っていた。オーストリアの人だが日本語ペラペラ。先ずはシュテフ
ァン寺院の屋上にエレベーターで行くのだが、今日は寒いからドキドキだ。エレベーターの外に出た途端寒さに加
え強風が待ち構えていて、目を開けているのツライ。ここからの景色も何度も見ているので即降りよ
う。皆さんは、これからウィーン食べ歩き散策に出かけられる。パリやイタリアのトリノなどでもこの食べ歩き
散策プログラムがあって、私個人は往生している。だって、結果的に長く歩くことになるし、立ち喰
いしながら何度もつまんでの食事は好きでないから。パリの食べ歩き散策の2軒目が終わった時そ
そくさと逃げ出してタクシーでホテルに帰って以来、一度も参加しない私である。はい、協調性の無い人
間だす。シュテファン寺院からホテルまで歩くのはツライ。タクシー乗り場からタクシーに乗ってホテルに帰る。留守中に
部屋にはヒーターが入り、室温も上がっていた。それでも寒さを感じるのでヒーター近くに椅子をセッティング
してそこから離れられなくなった。午後6時半、ロビー階の奥の方に雰囲気の良い広い個室があり、
そこで6人は優雅なディナーを摂る。この1、2年は旅に出ると急に酒を飲まなくなる私だから、今
回もオペラの帰りに1度バーに寄っただけ。今夜は白ワインと赤ワインが食事についたので有難く頂くこ
とに。但し、私は明日3時半起きなのだ。飲み過ぎて寝坊したら帰れなくなるぞ!明日ご挨拶出
来ないと思いますが、皆さん、いろいろお世話になりました!乾杯!ワインが美味しく3杯飲んだ。
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2月 4日(水)ウィーンはたぶん曇り ムチャ寒い
朝 ウィーン空港「ビジネスラウンジ」インペリアルホテルウィーン特製のハムチーズサンド(持ち込み)、オレンジジュース、フルーツ、
ヨーグルト、コーヒー



3時半起床 5時半出発 空港ラウンジでインペリアルホテル製のサンドイッチで朝食
昼 ANAフランクフルト=羽田 ビジネスクラス機内食 和食膳









無事3時45分に起きた。というか、10時半にベッドに入ったものの心配で何度も目が覚めて。午
前2時過ぎからは15分おきくらいに時計をチェックしてね。ツァーコンダクターのK野さんからもLINE来て
「起きていますかぁ?」ツァー本隊は8時半頃の出発と伺っている。シャワーを浴びて、荷作りを完成さ
せ、5時にはバゲジダウン。フロントでお願いしていた朝食替わりのサンドイッチを受け取り、K野さんに見
送られながら、5時半日本人ガイドの方とウィーン空港に向かう。30分程で空港に到着し、チェックイン。ビ
ジネスラウンジ行くと、飲み物はもちろん、数種のパン、ソーセージ、卵料理、フルーツ、ヨーグルトなどが揃って
いた。何もインペリアルホテルにサンドイッチなんて作って貰わなくても良かったということだな。8時発ルフトハ
ンザ機でフランクフルトに飛び、午前11時35分のANA機に乗り込むことが出来た。ヤレヤレ、早朝というか
夜中から大騒ぎの出発だった。ウィーンの空港で、機内に案内されるまで超寒い車の中で長く待たさ
れ、完全に風邪を引いてしまった。映画「8番出口」を観た。二宮君が主演している。見始めて
暫くして「見なければ良かった」と心底思った。どこまで行っても見つからない8番出口。出口
を見つけられない主人公は混乱と不安の極致だったかと思うが、観ている方だって同じで息苦し
くなる。しかも、終盤近くは頻繁にフライトのアナウンスストップが入り、結局どうやってニノ君が地上に出ら
れたのかを見逃してしまった。だからと言ってもう1度観て確かめるか?と、とんでもござい
ません!結構です。映画「風のマジム」はアルコール造りの話だった。洟が垂れてくる。咳が止まらん。
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2月 5日(木)東京は温かい
朝 ANAフランクフルト=羽田 ビジネスクラス機内食(ヴィーガンカレー、サラダ、フルーツ、ヨーグルト、コーヒー)






思いがけず富士山が見えて感動!
昼 明石町「ダイニング」B定食(ソース焼きそば、豆腐のサラダ、フカヒレ餃子、トマトとジャコのスープ、洋梨シャー
ベット)1320円






帰国後第1食が焼きそば!嬉しいな♪
夜 明石町「ダイニング」A定食(黒豚ハンバーグ、蓬麩と野菜の煮物、中華サラダ、アミの佃煮、お吸い
物、メロン)2090円、麦焼酎







ハンバーグ丼旨し!
帰国便に乗ると、私は日本に帰って最初に食べる食事の時間に合わせて、機内での2食目を摂る
ことにしている。この飛行機は朝8時30分前後に羽田空港に到着するから、ダイニングで摂る昼食
がそれに当たる。とすると、日本時間で朝6時頃朝食を摂ればいいということだ。とはいえ、こ
のところ食べるものはほぼ決めていて帰りの2食目はヴィーガンカレー。フルーツたっぷりで酸味もあり、
とても美味しい。たっぷり入っているカレー福神漬けもお気に入りだ。ANAのヨーロッパ便は早く到着す
ることが多く、この日も8時過ぎには羽田に到着した。羽田第2が当然多いが、時には羽田第3
に到着することもある。咳をしながら高速を晴海で降りて帰宅。部屋に帰ると、そのままスーツケー
スを開けて洗濯モノを取り出し洗濯機に放り込む。片付けなんてゆっくりやればいいじゃないか。
いえいえ、私には時間が無いのですよ。中2日おいて、今週日曜日にはドイツ出発するので。8日
間で溜まった郵便物、荷物などの整理にとりかかる。なんてことをやっていたらランチタイムになって
しまった。今日のB定食はソース焼きそばだ。ヤッホー!ソース焼きそばも豆腐のサラダも美味しいね。午
後は旅行中の写真のパソコン取り込みや縮小保存、パクパク日記の作成に取り掛かった。しかし、昨
日ウィーンのホテルで夜中に起きてから、ちゃんとは寝ていないので超寝不足だ。どうしてもコックリして
しまって。必死に夕食までガマン。久々に濃い麦焼酎をグビグビ!旨い!やっぱり日本はよかね。
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2月 6日(金)東京は今日まで温かい
朝 明石町「ダイニング」A定食(豆腐の五目餡掛け、ハム入り野菜炒め、ブロッコリーのおかか、焼き海苔、
ご飯、味噌汁、飲むヨーグルト、パイナップル)880円、納豆275円、京ラー油ふりかけ、コーヒー220円









墨田川も東京湾も晴れ渡っている
昼 明石町「ダイニング」B定食(コーンチャウダー、チキンピラフ、キャロットラペ、黒胡麻アイス小、アイスティ)1320円






夜 明石町「ダイニング」A定食(天婦羅盛り合わせ、蕪の利休煮、江戸菜のお浸し、うぐいす豆、
ご飯、味噌汁、温州みかん)2090円、麦焼酎ボトル3300円









「首相が自分でいいかどうか」を確かめるために750億円もかかる選挙をするなんてバカらしい!
と私はずっと怒っていたが、どうやらオーストリアに行っている間に、有権者には投票権が送られたらし
い。そりゃそうだわね。未だ住民票は新宿区のままだから私の投票権はそちらに来ていると思った
のだが、管理人として住んでいる(夫婦で)甥のヒカルが既に届けてくれていた。こうなったら投票
に行かずばなるまい。選挙の日は夜ではあるがドイツへ出発日なので落ち着かないから期日前投票に
行くか。タクシーで新宿御苑大木戸門近くの会場に行くと片道約5千円、往復で1万円だよ。立候補者
の名前を見て愕然とする。誰ひとり入れたい人がいない。支持する政党も無い。白紙投票というわ
けにもいかないし、暫らく考える。ある結論を出して記入。勝手知ったる建物なのでトイレを借りてタ
クシーで戻った。今回は期日前投票をする人が凄く多いとかで自民党優勢と報道されているらしい。
不快だ。帰宅する前にコンビニに寄り、日曜日からの海外旅用に非常食とホカロンを補充する。洗濯モノが
仕上がっているので荷作りに取り掛かる。1月後半は金沢、富山と北陸に続けて訪れ、富山では大
雪に見舞われた。昨日までザルツブルグとウィーンのオーストリアだったから更に寒い地方を体験。なのに、日
曜から向かうドイツのハンブルグとベルリンはもっと寒いらしいよ。こう寒い旅が続くと、寒いところに
行くのが心底イヤになってしまったよ。それに極寒に対抗出来るような服装なんて持っていないし。
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2月 7日(土)今日から気温下がる 昼雪ちらつく
ミラノ・コルティナ冬季オリンピック開幕
朝 明石町「ダイニング」B定食(無塩トマトジュース、フライドエッグ、キャベツとベーコン炒め、マカロニサラダ、トースト、
オレンジ、コーヒー)880円、レバーペースト






レバー嫌いなのにレバーペーストは好き!
昼 明石町「ダイニング」A定食(鴨南蛮そば、野菜の煮物、青梗菜おかか、チョコレートアイス)1320円、
ミルクティ220円







雪が降り出した・・・
夜 明石町「ダイニング」A定食(すき焼き鍋、ほうれん草と油揚げの柚子胡椒和え、べったら漬け、
ご飯、ムース、シナノゴールド林檎)2090円、麦焼酎









寒い地域・国への旅にビビッている私をまるで見透かしたかのように、日本も急に気温が下がり、
昼過ぎ東京でも雪がちらついた。わぁ〜イヤだなぁ、雪だぁ。新潟県の奥深い豪雪地帯で生まれ7
歳まで過ごし、移転した場所も北アルプスの麓の寒い街だった。早朝布団の中にいても、何となく雪
が降っていることを感じたし、兄達と雪合戦に興じたり、週末はいつだってスキーに出かけたり、雪
には子供の頃から親しんでいた。それなら、東京に降る雪なんてヘイチャラと思われそうだが、逆に
「だからイヤ」なのだ。子供時代は「冬はみんなこうして過ごしている」と思い込んでいた。しか
し、中学生になってから東京に引っ越して来たら、東京の冬の空は真っ青に澄み切り、女子中学
生は真冬でもスカート・素足・バルキーソックスだった・・今まで騙されていた、と思ってね。出かける前に
パクパク日記を作成して更新しなくちゃ、と午前中から頑張った。ようやく完成してアップ。どれど
れ上手く行ったかな、と確認すると・・あれれ〜、行間開ける作業を忘れたようで、行間がギチギ
チだぁ。これでは読む人、目が疲れちゃう。うっかりミスしたので正しい設定にし直した。エイッ!アチ
ャ、直らん。じゃ、こうしたら・・とどんどん深みに嵌ってもっと深いミスに・・あぁ、私の力で
は修復出来ましぇーん😿パクパク日記のことでは数年ご迷惑はおかけしていなかったが、久々に
A先生にヘルプ!発信。生憎A先生も風邪を引いて体調が悪いそうで。結局私の帰国後、A先生が
京都から帰って来られる18日に見て貰うことになった。読者の皆さん、10日間ガマンして下され。
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2月 8日(日)雪のち曇り 深夜から都内にも雪降り続け積もる!
ミラノ・コルティナ冬季五輪:女子スキージャンプで丸山希銅メダル
:男子スノボビックエアで木村葵来が金メダル、木俣椋真が銀メダル
朝 明石町「ダイニング」A定食(鯖のみりん漬け、野菜の煮物、トマトサラダ、ご飯、味噌汁、飲むヨーグ
ルト、バナナ)880円、納豆275円、京ラー油ふりかけ、コーヒー275円






私だけ煎餅カットのバナナ
昼 明石町「ダイニング」B定食(五目チャーハン、豆腐焼売、青菜の胡麻ソースがけ、なめこと九条葱のスープ、
アイスティ)1320円






夜 羽田空港第二国際ターミナルANAビジネスラウンジ サラダ、コンソメスープ、カレーと稲荷寿司






ミラノ・コルティナ冬季五輪が昨日開幕した。早速女子スキージャンプで丸山希選手が銅メダルを、男子スノボビックエア
で木村葵来選手が金メダル、そして木俣椋真選手が銀メダル獲得と幸先が良いスタートを切った。東京は朝
から雪が降りしきっている。予報では昼には止むと言っているが、飛行機の夜便の離陸に支障があ
ってはと心配でならない。昨日37度を超えた熱も今日は平熱に下がったが、洟水と咳は相変わら
ずだ。ランチは中華だったが、スープのなめこと小さくカットされた豆腐が痛んだ喉をツルリと通り過ぎる時
に心地良い刺激があった。願いが叶って雪は昼頃小降りとなり、やがて止んだ。うっすら積もって
いるところもあるが、これくらいならフライトには影響無いだろう。手荷物の準備をして、午後7時半
タクシーで羽田空港へ。今夜のANA機は午後10時45分発のフランクフルト便だ。午後8時頃第2の国際ターミナ
ルに到着すると凄い人混み。どうやら雪の影響で国内線に欠航や大幅な遅れが出ているらしく、
遅れた国内便に乗ろうとしてる人達が長蛇の列を作っているようだ。国際線ターミナルも大混雑。2年
程前は少しの国際便が離着陸するだけだったが、ゲートを増やしたり成田便を羽田便に変更したり
で離着陸便は急速に増えた。何度かヨーロッパまでの夜便に乗った体験から、機内食は降りる2,3時
間前まで食べない方が快適に過ごせるような気がする。よって、ラウンジでまずまずの夕食を摂るこ
とにした。稲荷カレーだ。10時15分ANA機搭乗。グループの皆さんは成田空港からフィンエアーに乗りヘルシン
キ経由でドイツのハンブルグに向かわれる。フランクフルト経由の私とハンブルグ空港で8時過ぎ合流予定である。
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【今週の振り返り】
ウィーンには過去十数回訪れている。とはいえ、初めて訪れたのは意外に遅く、たった20年前のこと
なのだ。旧ユーゴスラビア諸国からの帰路、僅か1泊だけウィーンに滞在した。まさにショートステイ。たった1
夜なのに、この時とんでもないことが我が身に起こった。元チトー大統領の力で、「バルカンの火薬庫」
と呼ばれたスロベニア・クロアチア・ボスニア・ヘルツゴビナ・セルビア・モンテネグロの6カ国が数十年間奇跡的に「一
つの国」として纏まっていたが、1980年の彼の死で共和国は急速に綻び始めて解体に向かい、私
が訪れた2006年4月にはセルビア・モンテネグロの2国だけでゆるやかな連合国家であった。その2ヶ月
後同じ年の6月にモンテネグロが独立を宣言し、ユーゴスラビアは消えてしまった。(6つの共和国、5つの
民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家(スロベニア・クロアチア・ボスニア・ヘルツゴビナ・
セルビア・モンテネグロ)チトーがユーゴスラビア連邦を維持する最大のモットー「友愛と統一」は巧く言い表してい
るなぁと感心していたので、連邦の瓦解には残念な思いがあった。でもそこに生きる人達の選択は
別だったのだ。20年前、この6ヵ国をグラグラする前歯(確か6本)を抱えながら旅した。2週間も
の間、ホテルやレストランにお願いして肉を魚か卵に、サラダをスープにして貰い、それも叶わない最悪の時に
はヨーグルトとジュースで過ごし、すっかり痩せた(笑)。その最後にウィーンの「インターコンチネンタル」に宿泊した
のだが、寝ている間に異変が起きた。動顛しながらバスルームに行き鏡を見て愕然!グラグラしていた上
の前歯がダラリとぶら下がっていた。連結している6本がダラリと・・どうやって帰るか、帰国するま
での食生活をどうするか、このダラリ歯達をどうやって治すかで頭は一杯で、出発までシュテファン寺院を
観に行ったり、ザッハトルテを買いに走ったりするツァーメンバーを横目に、せっかく初めてのウィーンを溜息つ
いて無為に過ごした。
放っておけば前歯がダラリと垂れ下がる情けないカタチでウィーンから帰国したが、強力な歯科医の先生方
のお陰で抜本的な手を打って貰い、別のカタチで見事に復活した。流動食が3週間程続いたお陰で胃
腸や肝臓が弱り、もう歯だけの問題では無くなった。必要なのは「諦めと勇気と資金」だった。そ
んなことで新生ユメコは1ヵ月後には食べられる歯で2度目のウィーンを訪れたのだ。今度はウィーンナーシュニッ
ツェルだってバリバリ食べたさ。ウィーンのアチコチを歩き回り、存分に楽しんだ。しかし、宿泊したのは1回
目に泊まった「インターコンチネンタル」と市立公園を挟んで反対側にある「ヴィエナ・ヒルトン」だった。つまり、
ウィーンの市内をグルリと一周するリンクという環状道路からは離れていて、観光する上ではやや不便な場
所だった。しかし、20年前の私は足などかなり丈夫だったから問題は無かったんだけどね。4年後
のウィーンでは、そのリンクに面した「グランドホテル」に宿泊した。その昔全日空ホテルだった。ウィーンの音楽施
設で最も重要な「ウィーン楽友協会」と「ウィーン国立歌劇場」の丁度中間にあり、どちらに行くにも便
利!しかも上階には日本料理レストラン「雲海」があり、地階にはスーパーが入っているなんて嬉しいじゃ
ないか。ウィーン市内には、少なくとも2010年までは岡山の天満屋が出店している「TENMAYA」があっ
て、昼ドキには重宝させて貰っていた。
ウィーンに来た人なら必ず行く、とさえ言われるシュテファン寺院。この寺院に極めて近いホテルに泊まったこ
とがある。徒歩1分くらいの場所に快適なホテルなんてあったっけ。無い・・・つまりホテルとしての
格式とか豪華さとか諸設備とかは期待しない。安全で清潔であれば、客室の狭さや備品の少なさ
などには目を瞑る。2014年の12月には立地最優先のホテル「ロイヤルホテル」に泊まったのだ。ホテルのレストラ
ンはイタリアンレストランで夜は一般のお客さんで満員だった。このホテルに泊まった時、極めて貴重な体験をし
た。今回のオーストリアの旅は、ザルツブルグで開かれるモーツアルトの誕生日1月27日を記念した「モーツアルトウィー
ク」音楽祭を中心にしたものだ。ではモーツアルトが亡くなったのは?12月5日の午前0時55分と言われ
ている。未完に終わってしまったが、モーツアルトの最後の作品「レクイエム」を12月4日の夜中から演奏を
始め、モーツアルトの臨終の時間12月5日の午前0時55分にその演奏が終えるーそんなコンサートがウィーンのカ
ールス教会で行われたのだ。夕食をフツーに済ませ、午後10時半集合して徒歩で会場のカールス教会へ。ムチャ
寒い夜だったが、30分も歩くと厚手のコートの下はびっしょり汗をかく。11時半過ぎからオケのメンバー
が入って来て、続いて合唱団、ソリストが入り、11時57分演奏が始まった。カールス教会には大勢の人が詰
めかけ、私が座った席は幸運にも暖房が入っていたが、他のツァーメンバーは暖房無しの補助席で余りの
寒さに痺れたそうだ。演奏が終わったのは日付が変わって12月5日の0時50分。なんだ、5分早
いじゃないか、って言葉は飲み込み、223年前の今、モーツアルトは亡くなった、と思うことにした。真
夜中なので苦労してタクシーを捉まえ、モーツアルトが本当に亡くなった家の近くにあるホテルに帰ったのだっ
た。
それ以降もウィーンは何度も訪問したが、多くはブリストルホテルに宿泊した。目的が音楽の旅に特化して行
ったから、国立歌劇場の隣にあるブリストルホテルは極めて便利であり、客室のカーテンを開けると歌劇場が
見えるというのがなんとも贅沢な気分にさせられた。こんな立地条件だから、過去世界の要人が
滞在し、中でも音楽関連の著名人が多く宿泊したことも、ミーハーの私など「わぁ〜い!」と単純に
喜ぶのだ。コンサート会場が「ウィーン楽友協会」の時は10分程歩く。インペリアルホテルの裏手にあるから、コンサ
ートが終わった時など「ここに泊まったら便利だろうなぁ」なんて思ったりする。なんて勝手なヤツ!
なのである。今回はその思いを叶えられたのだが、コンサート早退だったから、有難みも半分くらいね。
いろいろ言うなら、丁度中間的位置の「グランドホテル」に泊まるのが良かろうとは思うのだが、な
んだかね。もうひとつ、国立歌劇場の裏には「ホテルザッハーウィーン」がある。今回ザルツブルグではザッハー
だったから、いつかウィーンでもザッハーに泊まるのもいいなぁ。1番多く泊まっているブリストルホテルは大
掛りな改修工事を行っていて、完成は来年の5月らしい。ってことは来年実現するかも。
かつてモーツアルトはザルツブルグから、ベートーヴェンンはドイツのボンから、ブラームスはドイツのハンブルグから、マーラー
はボヘミアから、ブルックナーはリンツからウィーンにやって来て活躍し、そしてウィーンで生涯を終えた。そのウィーン
にはハイドンがいたし、シューベルトがいたし、ヨハン・シュトラウスもいた。世界中でこれほど多くの音楽家を引
きつけ、受け入れ、愛された街はあるだろうか。無いよねぇ。ウィーンって凄いよなぁ。これからもウィ
ーンに行くと思うから、ウィーンのホテルにも興味は尽きないのである。
ボクもホテルには拘っているんだ
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