
夢子のニッポン大好きシリーズ 讃岐香川・小豆島サンセット
あの小豆島に向かう
「二十四の瞳」。その映画の題名はしっかり覚えているのに、ストーリーとなると記憶はかす
かなものであって、ぼんやりととらえどころがない。24の瞳だから12人の生徒、おなご先生、
高峰秀子、砂浜、先生の怪我、木下恵介監督、渡し船、そして島。7歳の頃、下から見つめたス
クリーンの光で照らし出された両親の涙顔は妙に鮮明に覚えているのに。この島こそが小豆島。
「しょうどしま」と読む。こまめじまとは言わない。今、その小豆島に向かっている。
高松築港(ちっこう)発午前8時半小豆島土庄港(とのしょうこう)行き。フェリーだと1時
間かかるが、この高速艇なら所用時間35分。島から着いた船から高校生やサラリーマン風の乗
客が大勢降りて来て、通学通勤の生活船の匂いも漂う。島に向かう客は40人位だろうか、殆ど
がスーツ姿で顔見知り同士。船内のあちこちで談笑やら打ち合わせやら。手ぶらだから慰安旅行
でも無いだろうし、不思議な集団だ。島に着いて分かったことは、小豆島の高校だか中学の創立
50周年の式典に出席する人々で、港から団体でバスに乗って学校に向かって行った。女木島(め
ぎじま)が見えて来た。桃太郎伝説が残っていて、島内に大洞窟があり別名「鬼ヶ島」とも呼ば
れているそうな。その先にある男木島(おぎじま)は、やっぱり木下恵介監督が♪おいらみさき
の〜灯台守が〜♪の「喜びも悲しみも幾歳月」のロケをやったところでもある。ゆうべ3時間ち
ょっとしか寝ていないせいか、船の振動で次第に眠くなり、目を覚ました時には、もう小豆島は
目の前だった。
短い桟橋を渡ってタクシー乗り場を過ぎ、まっすぐ進むと土産売り場や観光案内所、簡単な食
堂を備えた、いわば港の駅舎のような建物がある。今日は、小豆島バスの定期観光バスに乗る。
1人旅には、定期観光バスは強い味方。9時40分にいくつかのコースの中で一番長時間、高価
なAコースのバスが出る。オリーブ園に行かないのは残念だが約6時間で5ケ所回って3980
円。これに入場券を必要とする所が3ケ所あり、パスポートという名前でセット15%引きで売
っていて、それも買う。1230円。出発までに時間があるので、同じ建物の食堂で400円の
わかめうどんを食べる。昨日高松市内で食べた讃岐うどんより硬さが足りないが、まぁうまい。
Aコースの乗客は、11人。珍しく1人客は私を含めて3人もいて、他にいかにも会社の上司と
部下という男性の2人連れもいる。今日のガイドさんは、50台前半だろうか作家の澤地久枝
さんそっくりのご婦人だった。今走っているところは前島。しばらく走ると本島というべきなの
か小豆島に入るのだが、その島と島の間の海峡が土渕(どぶち)海峡と言って、一番狭いところ
は9メートル93センチ。小川みたいだけど、世界一狭い海峡なんだってさ。11月中旬で暦で
は初冬とはいえ、夏が暑く長かったせいか、あたりの景色は仲秋の雰囲気。平野が少ないなぁと
感じていたら、この島は山ばかりなのだそうな。周囲144平方km、面積は170平方kmに
3万6800人が住む。瀬戸内海には3千の島があるが、淡路島に続いて2番目に大きな島で
ある。銚子渓に向かう途中で、一瞬見えた肥土山の麓に石段を積み上げた桟敷席が何段か見えて、
農村歌舞伎の野外舞台があるのだそうだ。この他にも中山や池田町の野天桟敷もあって、古代ギ
リシャの野外劇場やイタリアのヴェローナみたいで、思わず「洒落てるじゃん!」と感心する。
肥土山離宮八幡神社では5月3日、中山春日神社では10月10日に農村歌舞伎が上演されると
後刻聞いた。
1番目の目的地の銚子渓では、銚子の滝の水がなくて見ても仕方ないので、もっぱら隣接する
「お猿の国」に行く。ガイドさんから、猿とじっと目を合わすな、小猿に触るな、手の平はぐー
を作らずにヒラけ等々、猿に関するマナーと注意をさんざん聞いたので緊張する。「金払おうて、
なんでこんなにキツイ坂、登らなあかんのや。苦しいなぁ、きついなぁ」と同意を求める、タク
シーでぐるぐる回っているらしいおじいさんにうなづきながら、ハァハァ息を切らして猿山を登
っていく。そこここに猿がいる。無視する。視線が合わないよう。猿の大仰な叫び声が聞こえる。
猿の大集団が醸し出す匂いが徐々に強くなり、芸を見せる場所に着いた頃には鼻が曲がりそうに
なった。日光猿軍団のショーを期待した訳でもないが、芸ができる猿がたった1匹しかおらず、
その芸も2分程、竹馬とか輪くぐり、逆立ち歩き、礼などをしただけ。何と素朴で単純で芸が
無く、だから良い、という感じでもあった。舞台の隣にこれから芸を仕込む子猿が2匹繋がれ
ていて、芸は出来ないが握手したり触っても怒らないという「芸」を披露していた。小豆島に棲
息していた野猿の餌付けをして現在500頭の猿がA群とB群の2つのグループに分かれてこ
の山で暮らしている。今は発情期らしく盛大に喧嘩をしているオスを、デカイ真っ赤な顔のボス
猿は悠然と見ているのだった。一緒のバスの女性が猿の餌を買って撒いたら、見る間に猿が寄っ
て来て、猿島に1人残ったようで気の毒だった。出口に向かう下り坂の右手、遠くに巨大な小豆
島大観音の白い姿が見え、その遥か先には屋島が見える。朝方小雨がぱらついたが、今はすっか
り晴れ渡っている。出口近くに「愛の泉」があって、小銭を投げ入れるとどうとかと、どこかで
聞いた話だったが、2度来たいことも思わないので、近づかなかった。

「お猿の国」500頭もいるから結構臭い 寒霞渓
バスは、山深い場所を走っている。カーブを曲がって現われた車道にたくさんの猿。30匹は
いる。中には、道のど真ん中に仰向けに大の字になっている猿さえいて、バスのクラクションを
聞いても、慌てる風もない。やがて「仕方ねぇなぁ」と言った調子で道路際に避けたが、ここを
過ぎても車窓から猿があちこちに見えた。元々小豆島には野猿がたくさん棲息していて、先程行
った「お猿の国」が餌付けして更に増えたのだそうだ。寒くなって山に餌が無くなると、里に降
りて来て柿の実を食べたり、農作物にも手を出して被害が増加していると翌日ホテルの送迎バス
の運転手さんから聞いた。今は日光の猿被害ほどではないようだが、早晩同じようなことになる
のか。餌付けしたのも人間だから、猿を一方的には責めらないしなぁ。四方指展望台がある美し
の原高原という場所があって、信州の美しが原のような場所かと思いきや、畳で何十帖と言える
程の小ささであった。
冬うららバスに揺られて島巡り
寒霞渓(かんかけい)。九州の耶麻渓、群馬の妙義山と並んで日本三大渓谷の1つとか。25
0万年前火山が活動を停止し、爾来永年の風雨の侵食で南北4km、東北8kmに壮大な渓谷が
出来上がった。名前の由来の元は、応神天皇が来られた際にうんぬんということだが、紅葉の名
所とも知られていて、芭蕉、山頭火、子規も寒霞渓を訪れたのだとか。冬は温暖な小豆島だが、
ここは雪が降るそう。山頂からロープウエイが出ていて往復で1200円。紅葉が一番美しい1
1月中旬に寒霞渓に来られた幸運に感謝して乗り込んだのだが、長い夏の影響はここにもあって、
紅葉は桜でいえば2分咲きだった。山頭火は、ここで作った句に「紅葉ちらほら」という言葉
を使ったが、今日のようだったのかなぁ。それでも、峻厳という言葉が浮かぶ険しい岩肌に小さ
なもみじが張り付くように赤く紅葉している姿のけなげさが感動的であった。4分50秒で下に
着き、煙草を1本吸って又上に向かう。この近くには海抜800メートルを超える山もある。展
望台から寒霞渓谷の先の海をゆっくり見下ろしてから、建築費1億円という公衆トイレに見物が
てら行く。トイレの中で「これが1億円じゃがね」という言葉が何度も聞こえた。
太陽の丘に向かう。小豆島のカタチは、ちょっとうつむき加減の牛が西(左)を向いているよ
うであり、足も前足、後ろ足は2本が丁度良い場所にあって、おまけに尻尾まで付いている。
顔は、今朝船で着いた土庄港がある前島ね。太陽の丘は、その牛の尻尾の付け根の下当たりにあ
る。西から土庄町、池田町、内海町と3つの町があるが、ここは内海町。丘の上にオリーブ神殿
と平和の鐘があるのだが、誰も側にも行かず、展望レストランに急ぐ。未だ正午というのに、多
くの団体客が既に昼食を終え、土産に殺到しているところだった。さて、昼食だが、メニューが
なぁ。うどんやカレー、ナポリタンといった簡単な食事が多く、何かこうがっしりしたというか
満足感のあるメニューが欲しい。小豆島定食という名前だったかバラ寿司と煮豆の小鉢に小さな
入麺(暖かいそうめん)のセットにした。タクアンの横にちょこっとついていた海苔の佃煮が一
番うまかった。小豆島の名産ベスト5は、1に醤油、2に佃煮、3手延べそうめん、4花崗岩細
工品、5オリーブの順なのだそうだ。午後坂手港の北に位置する醤の郷(ひしおのさと)と言わ
れる醤油製造工場が密集する地域を通過したが、大きな黒い屋根が続き、バスの中でも醤油の香
りがぷんとした。明治40年から醤油作りをしているマルキン醤油の工場内にはマルキン記念館
もある。元々この小豆島は塩の製産地で、船で各地に塩を運んだが、江戸時代に紀州から醤油製
法が伝わって、そのカラ船に大豆を積んで来て醤油の製造の条件が整ったんだって。醤油屋のほ
とんど家内工業で最盛期は300〜400軒を数えたという。このうまい醤油に新鮮な魚介類が
あれば、自然とうまい佃煮も出来るという訳だ。
黒き屋根醤かおりて冬浅し
「二十四の瞳」の世界がそのままに
牛のカタチの後右足のひずめに向かって細い道を進む。田ノ浦という岬に行く。車が擦れ違う
時なぞ、バスが海に落っこちるかと肝を冷やした程狭い道だ。岬の突端の少し手前左手に岬の分
教場と校庭が見えた。ほんとに小さい小さい分教場。ここが「二十四の瞳」のモデルになった校
舎である。明治7年に開校し、この建物も明治35年に建てられてというから、百年になんなん
としている。そして、その先に「二十四の瞳映画村」がある。小豆島が生んだ女流作家の壷井栄
の原作を、松竹が木下惠介監督、高峰秀子の主演で映画化したのは昭和29年であった。子供の
頃、私は新潟県でそれを見たのだ。こうゆう話になると、トシはゴマカセない。これが大ヒット
した。先程見た岬の分教場はロケに使用され、映画完成後も現役の校舎だったのだが、お遍路さ
んや観光客が授業中でも扉をガラッと開けて「ほ〜、ここが教室かね」と無断見学したそうだ。
そして昭和62年に田中裕子(ジュリーの今の奥さんだよ)の主演でリメイクされた。撮影のた
めに作られたセットをそのまま保存したのがこの映画村だ。これがなかなかの出来で、広い村内
には、竹細工、懐かしい土産物屋、駄菓子屋、佃煮、陶芸などの店鋪や甘味処、麺とコーヒーを
出す飲食店も揃っている。醤油小屋を模した大きな建物は、小さな映画館になっていて常時62
年版の映画が上映されている。壷井栄の文学館や天満宮まであるのだが、やっぱり校舎と校庭が
一番の人気。
校門には「苗羽小学校田浦分校」。苗羽と書いて「のーま」と読む。あるいは「のうま」。昔、
野に馬が放されていたのだそうで、そんな所からの地名らしい。本当の分教場よりは少し広い校
庭は海に面していて、何とも気持ちがいい。校庭の左手にはエンジン部分が鼻のように出ている
ボンネットバスが停まっており、動かないが実際に乗ることもできる。昔のバスは、みんなこん
なだったよな〜。今のカタチのバスが登場した時は「鼻ぺちゃバス」と言ったものだ。下駄箱で
スリッパに履き替えて廊下に立つ。手前から1・2年生用教室、3・4年生用、5・6年生用教
室と並び、一番奥はたった2人の先生用の職員室。それだけだ。建物には、その奥に校長兼用務
員の男先生用の住いが隣接している。1・2年生用の教室に入ってみる。黒板の上には教師が使
う大きな三角定規やコンパスが引っ掛かっていて、後の壁には「あいうえおかき………」の51
文字。教室の後の壁には「ハト」「ハナ」などの習字の作品。昭和46年に廃校になった時のま
まの教室が再現されていて、教室の前方に小さな机と椅子が6つ横一列に並んでいる。ムボーと
は思ったが、座ってみた。壊れはしなかったが、子供の頃自分もこんなに小さかったかと改めて
びっくりした。12年程前から信州の育った町から程近い山の中に廃校になった校舎を利用して
「遊学舎」という宿泊施設があって、大勢のメンバーと何度も泊まりに行っていた。宿泊の部屋
割りを「男性陣は1年1組に、女性は5年3組に」などと伝えるのだが、誰もが異様な歓声を上
げる。昔の職員室が食堂になっていて、そこでの宴会も嫌が上にも盛り上がる。子供の頃は、行
きたくて仕方なかった学校でもあるまいに、何故大人になると郷愁に誘われるのだろうか。因み
に、信州の「遊学舎」は、数年前不審火で全焼してしまった。今、小豆島には小学校12、中学
4、高校2、大学は無いが灯台が2つあるそうだ。

文学館に行く。夫のプロレタリアート作家の壷井繁治や黒島伝治の展示もあるが、壷井栄の「十
四の瞳」の自筆原稿や彼女の生涯の年表などに関心は集中する。壷井栄の文字は実にいい。暖か
みを感じさせて好きな字だ。彼女が愛した言葉「桃栗三年 柿八年 柚の大馬鹿十八年」の色紙
を思わず撮影する。壷井さんはもちろんユズを馬鹿にしていたのではなく、長い年月を費やして
ようやく実をつける不器用な植物に自分の人生を重ね合わせて愛していたのではないかと思う。
映画館の前はちょっとした広場になっていて、コスモスが真っ盛りで咲いていた。たくさんの白、
薄いピンク、濃いピンクのコスモスが浜風に揺れる真ん中に、壷井栄生誕百年を記念して作られ
た「せんせ あそぼ」の銅像が建っていた。67歳で亡くなる時「みんな仲よく」という言葉を
最後に残したそうですよ。「みんな仲よく」ね。
オルガンに冬秋桜も耳澄まし


うばめ樫 壷井栄の自筆原稿
小豆島は、四国の香川県に属する。参考までに、瀬戸内海で一番大きな淡路島は徳島県ではな
くて兵庫県。四国といえば、弘法大師の足跡を打つ(って言うんだって)霊場八十八か所巡りが
有名だが、徳島・霊山寺の第一番札所から香川・大窪寺の第八十八札所までが1440キロメー
トルになる。速い人で40日、ゆっくりなら3ヶ月もかかるという徒歩での八十八か所巡りだが、
先日テレビで50回歩いたというおじいさんを見た。「最初は苦しくて何度も途中で止めようと
思ったが、何故か2度目に出かけ、気がついたら50回になっていた」という余り参考にならない
体験談を話されていた。車やバスでまわる人や県別に分けてお遍路する人達が多いようだが、
どの方法でも大変なことではある。そんな人に朗報!ということもないが、ここには小豆島霊場
八十八か所があるのである。島の中の150キロメートルのお遍路道を辿ればいい。ただ、バス
の中からいくつもの札所やお遍路道を見たが、多くは険しい所にあって、ミニコースといえども
かなりの覚悟が必要のようだ。定期観光バスには、冬場は月に1回「小豆島八十八か所霊場巡拝
バス」が2泊3日、秋には5泊6日のバスが出るんだとか。信仰とは強いものですなぁ。
小豆島道険しくて遍路道
明治の終わりに、香川県、三重県、鹿児島県の3ケ所に実験的にオリーブが植えられた。三重
と鹿児島は根付かず、小豆島の500本余がすくすく育った。だから、日本のオリーブの発祥の
地は小豆島である。初夏に白い花をつけて、11月はこのオリーブの青い実の収穫時期。塩漬け
された青いオリーブがあちこちの店で冷蔵されて売られている。青い実を口に放り込み、もぐも
ぐと何度も噛んでいると、何ともうまいし、今しか食べられないと思うと得した気分になる。オ
リーブは、実をそのまま食べるスタッフドオリーブや食用・化粧用オリーブオイルはもちろんの
こと、石鹸やらリップクリームやらチョコレート、クッキーなど商品が実に多い。ことほどさよ
うに、オリーブは香川県の県花で県木のご立派な木なのだが、私は「うばめ樫」という木に関心
を持った。映画村の一角に2本堂々と立っていた。木の下にはころころとドングリの実が。幹は
備長炭になる。枝を煮漉したものに漁で使う網を浸すと強くなるんだと。そして、小豆島では正
月の元旦の雑煮をうばめ樫の枝を燃やして作る。うばめ樫の枝は燃える時、盛大にパチパチと音
を出すんだそうな。パチパチという音は女の愚痴。これで1年分の愚痴を言ったことになるんだ
って。澤地久枝似のガイドさんが言っていた。枝燃やしただけで愚痴を言ったことになんかなら
ないよね〜。でも、うばめ樫はエライ! 何となくエライ。
木に残る柚子の大馬鹿冬はじめ
最後に行った「大孔雀園」は、どうということはなかった。繁殖期でもないから、オスの自慢
の長い羽根は抜け落ちて迫力がない。しかも、繁殖期でないということは、メスに羽根を広げて
求愛することもなくて、見る方はいたくつまらない。比較的大きな園内は外側を高い網で囲って
はいるが、上は開いたままで放し飼い。これでは出入り自由ではないか。ガイドの澤地さん(す
っかり澤地さんにしてしまいました)に聞くと「はい、随分飛んで行ってしまうようですが、で
もそのうち戻ってくるようで。それに3500羽もいますから」と鷹揚であった。入園してすぐ
広場で「孔雀の大飛行ショー」が始まるという。買ったばかりで、未だ操作手順がおぼつかない
デジカメをいじくっているうちに、二十羽くらいの孔雀が建物上部の穴から押し出されて来て、
地上への最短距離をあっという間に飛び下りて、それっきりで大飛行ショーは終わってしまった。
何たるこった。しかし、園内には白孔雀や白鳩など珍しい鳥類もいて、それはそれで美しく見て
いて楽しかった。帰り道で澤地ガイドさん、素敵な歌を紹介してくれた。「バスでゆっくり小豆
島」。笠井絢子さんという当時中学生が作詞し、海沼実さんが作曲した曲で十番まである大作。
「♪穏やかな瀬戸内海を船に乗り やって来ました小豆島 土庄港から田ノ浦行きの バスで
ゆっくり島めぐり……………自然がいっぱいオリーブの島 バスは終点田ノ浦に」。歌詞カード
を見ながら、澤地ガイド指導で一緒に歌う。十番まであるから、すっかり覚えてしまった。いい
歌だ。それからはどこへ行っても、風呂に入ってもトイレでも「♪島めぐり〜」と鼻歌。土庄東
港で、関西方面に向かう乗客を降ろし、小豆島島めぐりのAコースは土庄港で予定より15分早
くメデタク解散。
リゾートホテル・オリビアン小豆島

毎時15分に土庄港にホテルの送迎バスが来るというので待つ。やがてマイクロバスが着いて、
従業員らしき女性と客は私1人だけの2人を乗せてバスは出発。さっきAコースで辿った道と同
じコースを行くことはわかっている。小豆島のカタチである(と私が思っている)ちょっとうつ
むき加減の西(左)を向いている牛の肩当たりに今夜のホテルがある。それは最初に行った銚子
渓とお猿の国に向かう手前を左に曲がった所にあるのだ。場所の名前は夕陽が丘。しかし、地名
に芸名のようなものがあるのかわからないが、正式の住所は香川県小豆島土庄町屋形崎甲63ー
1.丘の上からもちろん海を見渡せるが、対岸は岡山県である。送迎バスが空いていたことは、
ホテルが空いていることを意味しない。行ってみたら、貸切りバスや自家用で来た客で賑わって
いた。
チェックイン時、食事の説明を受ける。レストランは好きなところに行くがいい。しかし鉄板
焼だけは予約が必要。ならば、その鉄板焼を頼もう、ということで夕食を7時に予約して、部屋
に連れて行って貰う。館内の長い廊下を歩きながら、案内担当の女性に話しかける。
「このホテルはとても評判がいいんですってね? それを聞いて来たんですよ。オープンしてど
の位経つんですか?」
「ありがとうございます。お陰さまで創業15年を迎えました」
お陰さまで、って言うところがいいね。感じいい。廊下の終わりに来て、やっと着いたと思った
ら、エレベーターで4階に上り、更に一番奥の430号室に。やっと着いたぞ。部屋はマンショ
ンで言う角部屋で、北西2面が窓。北側はゴルフのパターコース、西側は海に面している。標準
タイプは36uらしいが、この部屋はそれよりは広いようだ。シングルを予約したのだが、ツイ
ンのシングルユース。ベッドは少し小さいセミダブルサイズだ。小さなソファセットがある。浴
室は、大浴場があるからか、結構テキトーで余り使われた形跡はない。アメニティグッズは一通
り揃っているが、包装のデザインがいまいちで、持って帰りたいという気にならない。案内担当
の女性が説明している。引き出しに入った男女用のパジャマのようなものを指して「これは部屋
着でございます。フランスレストランと鉄板焼以外でお食事をされる場合は、そこでもお召し頂
いて結構でございますし、館内どこでもスリッパと共にどうぞ」だって。部屋着とはいうけど、
あとでシミジミ眺めてもやっぱり派手目のパジャマだもんなぁ。ラクだからって、こんなの着て
ホテルの中をうろちょろするのはなぁ。いや、待てよ、こうゆうのってMサイズが普通で、私は
着られないのではないかと、チェックしてみたら、やっぱりMサイズなのだった。説明書きには
「Lサイズもご用意してございますので、遠慮なくフロントにお申し出ください」と書いてあっ
たが、さきほどの案内担当の女性は、当然私がMサイズを着られないことは始めからわかってい
たのだ。私を案内するとわかった瞬間に、フロントからLサイズの部屋着を持参するくらいの機
転が欲しいよね。さっき感じいいって思ったけど、取り消し。結局、Lサイズを頼むこともなく、
寝る時も持って来た自分のパジャマを着たのであった。
部屋からの眺めがいい。4時頃で、もうすぐ夕焼けしちゃうよ〜という感じの空と瀬戸内海が
穏やかにそこにあって、眺めていて飽きない。ホテル好きとしては、初めて来たこのホテルの様々
なチェックをしないとね。いつものように部屋にある資料をすべてひと通り読む。会員制もある
のだな。3年で会費は3千円なのだな。割り引き率はたいしたことないな。夕陽が自慢なんだ。
高松弁で自慢は「ねんご」って言うんだったか。ついでに言えば、綺麗なは「けっこい」で、満
腹は「おちる」、臆病者は「おとっちゃま」って言うのだそうよ。会議で出された緑茶のペット
ボトルにそう書いてあった。それでは小豆島のねんごのけっこい夕陽を露天風呂から見まい(見
なさい)とばかりに、大浴場に急ぐ。エレベーターで一番下に行く。風呂場の手前は広々とした
ロビーになっていて、お水やお茶の用意、マッサージ機やゆったりしたソファで、既に温泉から
上がった客達が寛いでいた。男性風呂は左手、女性風呂は右手。若い女性が入れ代わりに出て行
って、どうやら私の貸切り状態になるらしい。ふっふっふ。要100円の大きなロッカーと小さ
いが無料のロッカーがあり、タオルは小さいのも大きいのもど〜んと積んである。ゴルフ場並の
太っ腹だ。温泉付きの日本旅館に泊まる度「一番バスタオルが必要な宿なのに、何故向こうが透
けて見えるようなペラペラの小さなタオルしかないんだ!」と怒り狂う私(だからバスタオル持
参するのですよ)だが、「よしよし」とシタリ顔で頷く。アルカリ性の単純温泉。何でも3年前
に深く掘っていたら温泉に当たったのだそうで、以来毎日260トンのお湯を汲み上げ、小豆島
の他のホテルにも売り湯しているですって。夜マッサージのお兄さんから聞いた。
風呂場に入ると右手奥に西日本で初めてのクリマサウナ(サウナには興味が無いのでクリマが
何たるかはわからずじまい。覗きもしなかったから)、その手前に水風呂。左手にはジャグジー
付きの打たせ湯がある。天井から2本のお湯が垂直にド〜ッとばかりに落ちていて、その下に身
体をセットしたら水流が強くて痛いほどだ。その奥に左手洗い場、右手に細長い湯船。湯船の真
ん中に石の通路が少し太鼓橋の形で架かっており、その先は露天風呂に通じる引き戸がある。洗
い場で、洗う、擦る、流す等のいわゆる入浴作業を終えた後、そろそろと露天風呂に行く。まぁ、
何という景色だ。風呂場から庭に芝生が続いてその先は断崖になっているのだろうか。だから、
見えるのは海と島と向こう岸の陸地。湯気の向こうに暮れそうな夕陽を浴びた穏やかな海が見え
るのだ。露天風呂の中には、腰掛けるのに丁度良い石が適度に配置されていて、のぼせそうにな
ったら腰をかけて休むがいい。身体はぽかぽかと温泉の中、顔と頭は凛とした空気、目には夕な
ずむ瀬戸内海。極楽じゃのう〜。そうだ!夕陽だ。あちゃっ。見えないじゃ〜ん。今は初冬だか
ら太陽が低い。その低い太陽は、男風呂と女風呂の高い目隠し竹冊に阻まれて見えないのだ。「男
風呂と女風呂を今から入れ替えろ〜」と叫んでも間に合わない。ぐやじ〜。という訳で、せっか
くの「日本の夕陽百選」に入る小豆島の夕陽を、夕陽が丘に立つホテルの露天風呂から見るとい
う壮大にして綿密な計画は達成できなかったのであります。
冬凪や湯気の向こうに光りをり
このホテルは設備が凄い。バスの車窓からも見えたが、テニスコートだけで19面もあって、
全天候型のセンターコートまである。もっともテニスにも関心無いんだけどね。プール(屋外)
がある。ミニゴルフ場、パットゴルフ場もある。サッカー、ラグビー、アメフットも出来そうな
運動グランドもある。お金持ちのテニス部の合宿なんか最適ね。食事場所は、和食の海旬亭「彩」、
寿司処「藍」、フランスレストラン「ブラ・ドゥ・メール」、鉄板焼「ボンヌ・シャンス」、テラ
スラウンジ「シェル」、スナックバー「エルド」とかね、いろいろあるのです。カラオケルーム
も。夏場はバーベキューの「オリーブガーデン」もある。早起きして小豆島を回り、風呂にも入
って空腹である。7時の鉄板焼「ボンヌ・シャンス」から電話があり、用意が出来たから来いと。
そこは「ブラ.ドゥ・メール」の一角を仕切った場所にあり、7時からの客は母娘の2人連れと
私の3人だった。焼き役は年輩でたっぷりとした体格の人の良さげなシェフ。サーブするのは、
入社3ヶ月位に見える若い兄ちゃん。2食付きのセットプランの時でも、サーブ役は「ご予約の
お食事内容はこのようになってございますが、別料金でメニューの中からお料理を追加して頂く
のも結構かと存じます」くらい言うよな〜、普通。でも、お兄ちゃん、飲み物のメニューを求め
られて持って来ただけで何も言わない。仕方ないので私が言う。
私「ご用意頂いたお料理の量で足りないかどうかわからないけど、メニューの中から別料金で追
加したりしてもいいのよね?」
お兄ちゃん「はい、できます」
何て商売っけないのだろ。魚介類をきれに盛り付けたオードブルや焼いた野菜や豆腐のミニステ
ーキなどをもぐもぐ食べて、ナマビールをぐびぐび。それにニンニクチップだ。薄くスライスし
たニンニクを低温でじっくり揚げて、狐色に仕上がったニンニクチップ。特に肉が好きでもない
のに、せっせと鉄板焼に行く理由は、このニンニクチップを食べたいからではないか、と最近気
がついた。奥歯で軽く噛みしだくとチップが砕けながら醸し出すカリコリカリコリが上顎に伝わ
り、それがこめかみ、そして頭蓋骨へと駅伝のタスキのように伝播されてゆく。最後は頭蓋骨が
「ウマイ!」と叫ぶ。なんてことはないが、焼かれた肉の上にチップを3〜4片並べて食べるの
が無上に好きだ。だからチップはすぐ無くなってお代わりをすることになる。お代わりをするに
は、褒める。「上手に揚げてありますね〜。実にうまい! 全国いろんな所で食べていますけど、
ここのは絶品ですね〜」なんてお愛想を言う。シェフはだいたいニマニマ顔でてんこ盛りのお代
わりをくれる。料理の量は足りそうなので、白い御飯をガーリックライスに代えて貰う。もちろ
ん別料金。ニンニクの他に細かく刻んだ茸や野菜を7〜8種類、鉄板で炒めてご飯を入れてゆっ
くり焼く。こんなに丁寧に作るガーリックライスは初めてだったが、味もよろしゅうおました。
「一人で食事するなんて寂しくていやよね」と隣の母娘の母親が言っているのは聞こえたが、あ
まり会話もビールも進まず、料理も半分残して行ったのはそっちだろうにぃ。デザートは、レス
トラン側のテーブルに用意されていて、アイスクリーム、シャーベットの盛り合わせと、不眠症
には嬉しいハーブティーも用意されているのだった。ナマビール2本と冷酒1本、ガーリックラ
イス代を支払おうとすると、伝票にガーリックライスが入っていない。自己申告したが、ほんと
に商売っけないんだから〜。会計をしたのはレストランの支配人らしい。「夕陽はご覧頂きまし
たでしょうか?」。待ってましたとばかりに女風呂の位置から冬場は夕陽が見えないこと、冬場
は男湯と女湯を一日おきに入れ替える提案をアンケートに認めたこと等を話す。
「なるほど。アンケートも拝見いたしますが次ぎの幹部会議で早速検討します」。いいぞ!

ホテルの庭園は瀬戸内海に続く ミニゴルフ場やテニスコートのスポーツ施設が充実
土産物売り場が充実している。明日の金刀比羅参りに備えて、手荷物を明日宅配便で送ると決
めてから、土産が荷物になることの心配が一切無くなったことがまずかった。制御装置がなくな
ったということ。アクセルだけでブレーキがない車。3年物の手延べそうめんの箱入りと箱無し、
手延べうどん、スタッフドオリーブ、オニオンオリーブオイルドレッシング、しじみ汁、ワカメ、
鰯せんべい、カネマルの最高級醤油「匠」大と小、柚子ぽん酢、ひじきご飯の素…………。誰か
トメテくれ〜。部屋には昼間買った昆布の佃煮2箱、ちりめんじゃこ、京都産のイチジクの半ナ
マ、生姜の砂糖漬け、オリーブ染めの印鑑入れと薬入れ……があるんだ。この日、土産だけで3
万円以上買ったことになる。行商の仕入れに来たんじゃあないんだって。おまけに、翌日の夜高
松空港で、讃岐うどん、海老せんべい2袋、じゃこ天、砥部焼きのぐい呑み、餅菓子、鳴門金時
(さつまいも)、徳島ラーメンまで買ってしまったのだ。半分は友人に分けたが、あとはひとり
暮らしの自家用になる。エ〜ン。四国はうまいことが罪だ。
朝6時に目が覚める。24時間の温泉に行こうか。いやいや6時半から30分掃除があるとパ
ンフレットに書いてあった。未だ外は暗いが中国新聞をゆっくり読んでから朝食に出かける。普
段、朝食はハイライト5本なのに、旅に出ると食べたくなるんですよね。2ケ所あるうち、昨日
と同じフランスレストラン「ブラ.ドゥ・メール」に行く。L字型に洋食、和食と料理が並んで
壮観。和食中心にするが、あれもこれも食べたくて迷う。味噌汁の実には、手延べそうめんの端
っこを茹でたものがどんと置いてあり、お椀に自分で入れて味噌汁を注ぎ入れるようになってい
た。昨日ガイドさんに聞いて初めて知ったのだが、普通のそうめんは強力粉とサラダ油で作る。
強力粉の方が延ばしやすいから。小豆島は中力粉とごま油で作るのだそう。切れやすい中力粉を
使っても、延ばせる技術があるからなんだとか。だから、という訳ではないが味噌汁お代わりし
ました。荷物も無事送って、9時半の送迎バスに乗るべくチェックアウト。予約する時「四国支
社の方が私どものホテルを推薦されたんですか?じゃあ1割引き」というラッキーをして、1泊
2食付き2万3千円の1割引きとなった。部屋チャージだけならシングルで9千円。高いか安い
かの感じ方は個人差があろうが、私は十分満足したので安く感じる。1泊ではなく2〜3泊した
いホテルではある。最後にフロントの悪口も含め綿密に書いたお客様アンケートを渡して、また
もやたった1人の客となってバスに乗り込む。リゾートホテル・オリビアン小豆島さん、また来
るからね。アンケート提出者から毎月抽選で当たる無料宿泊券、私を当選者にしてね〜。
高松に戻って金毘羅さんへ
10時5分の高速艇に乗って、再び高松築港。1〜2分歩いたところにコトデンちっこう駅が
ある。玉藻公園に隣接しているから駅のホームから高松城跡の壕が見える。JR高松駅もすぐ側
にあるのだが、駅ビルを兼ねた全日空クレメントホテルの高層ビルが大騒ぎで建設中で、来年の
5月には完成するのだそうだ。コトデンは3方面に電車が出る。志度行き、長尾行き、そして琴
平行き。琴平行きは毎時00分と30分に出発し1時間で琴平に着く。運賃610円。各駅停車
ののんびりした風景を楽しんでいるうちに琴平駅到着。丁度昼だ。JRの駅も、ちょっと向こう
に見える。水の少ない金倉川に沿ってぶらぶら歩く。今日は天気が良くて暖かい。金比羅宮に続
く門前町は、両脇に旅館やホテル、土産物屋などがずらっと並び、大変な賑わいを見せている。
造り酒屋の金綾や古い旅館の敷島屋の建物が時代を感じさせ、写真を撮る。そんなことをしてい
るうちに、いつの間にやら強力な引き合いに合っていることに気づく。