パクパク日記26年2月2週
極寒のドイツ・ハンブルグとベルリン音楽の旅
エルプフィルハーモニー・ハンブルグ 
ベルリン・フィルハーモニーホール
2月 9日(月)ドイツ・ハンブルグは曇り 寒い!!!
ミラノ・コルティナ冬季五輪:フィギャアスケート団体銀メダル
早朝 ANA羽田=フランクフルトビジネスクラス機内食 和定食
飛行機に乗って10時間後機内食を食べる
朝のコーヒー フランクフルト空港 ビジネスラウンジ コーヒーとデニッシュ

朝6時フランクフルトで



デビュー前の2年ほどビートルズ3人はハンブルグのここで演奏していた エルプ川下をトンネルで繋ぐ






ブラームスも洗礼を受けたハンブルグ最大のミヒャエル教会 ブラームスの記述



ミヒャエル教会にある3つのパイプオルガン



戦争で焼失した市庁舎を宮殿のようなカタチで建て直したハンブルグ



市庁舎の内部と中庭の噴水 市庁舎の部屋数648室はヴェルサイユ宮殿より多いのが自慢
昼 ハンブルグ・ホテル前「何チャラいうレストラン」根セロリのクリームスープ、パン、鮟鱇のオーブン蒸し黒豆ぞえ、クリューム
ブリュレ、コーヒー






レストランの真ん前にハンブルグの新名物「エルプフィル」が!



コンサートホール大小とザウェスティンホテルと住宅があるエルプフィル






全面ガラス張りの建物はエルベ川に面している。「エルプ」はエルベ川を意味する
夜 ハンブルグ「FISCHEREIHAFEN RESTAURANT HAMBURG」海の幸のオードブル:スモークサーモン・鮪タルタル・名
物鰻のスモーク・海老フライなど、ボイルオマール海老、各種チェリーとアイスクリーム、カモミールティ)、ビール4,9€、白ワ
イン10€










シーフードレストランでディナー
昨夜10時45分、羽田空港第2ターミナルからフランクフルト行きのANA機で出発した。咳風邪を引いている
し、既にラウンジで夕食も済ませたから、席に座るなり睡眠薬を飲んで眠ることにした。と言っても
国際線になると途端に眠れなくなる天邪鬼なので、マスクとアイマスクし毛布を被ってジッとしている。こ
うして数時間しているうちに少しはウトウトしたようだ。今回は映画を観ず、バカリズムの数年前の連続
ドラマを観ることに。安藤さくら主演の「ブラッシュアップライフ」である。30歳半ばで交通事故で亡くなっ
た女性(安藤さくら)が来世もよりよい人間になるために同じ人間に生まれ変わり、徳を積む努力
をする・・という話で3話まで観た。面白い!続きは帰路観よう。朝5時過ぎフランクフルトに到着。ビジ
ネスラウンジでコーヒーを飲んで歯を磨いてからルフトハンザ機でハンブルグへ。午前8時過ぎ予定通り到着したのだ
が、車椅子を依頼していたのに、ルフトのオバチャンCAは「知らんよ」ってなもんで。仕方なくバゲジクレ
イムまで歩き出したら、車椅子を押しながら走って来たスタッフに「乗れ!方向が逆だ」って。まぁいろ
いろあったが、スーツケースをピックアップして本隊と合流出来た。12月イタリアでご一緒したK藤さんとA茶さ
んが笑って手を振っている。「お久しぶり」と挨拶されたA山さんは2年前八丈島でご一緒した方だ。
添乗員はついこの前富山でご一緒したI橋さん、それに初めての京都M田さんの6人。バスでハンブルク
市内見学。「自由ハンザ都市ハンブルク」が正式名称で北海のエルベ川河口から100`にあるハンブルグ港は欧
州最大級の港である。人口はベルリンに次いでドイツ2位で中世から発展して来た大都市で12年前にチョコ
ッと来たことがある。「世界のビートルズ」がデビュー前このハンブルグの歓楽街のライブハウスという過酷な環境
の中でライブ演奏を続け、後に世界制覇の礎を築いたことは、ビートルズファンなら有名な話なのだが、私
の記憶では朧。ここで写真家アスリッド・キルヒヘアに出会って彼らのマッシュルームカットが定着し、ドラムのリンゴ・スター
がメンバーになったのもここハンブルクだった。と思えば、次に行ったミヒャエル教会は、ヨハネス・ブラームスが洗礼
を受けた教会である。ハンブルクはブラームスのみならず、メンデルスゾーンも輩出した偉大な街なのだ。しかし、
第二次世界大戦で街の大半は破壊され、市庁舎も失われた。豊かなハンブルクだから多くの寄付が集ま
り、新たに建てられた市庁舎はまるで宮殿のようである。長い午前中が終わり、ようやくランチ。温か
いスープと魚料理だった。レストランを出て真ん前の建物をジックリ眺める。これが何度も写真などで眺めた
エルプフィルかぁ。悪天候で太陽を浴びていないので建物の表面ガラスがくすんでいるのが残念だが、実
にユニークで魅力的なフォルムだ。この建物に屈指のコンサートホールもあれば、私達が3泊する高級ホテルも、それ
に住宅まであるのだ。埠頭倉庫Aがあったレンガ造りの建物の7階までは駐車場と学校があり、8階
からホテルやホールなどが入る総ガラスのビルが乗っかっている格好だ。ガラス張りの客室はどんな具合だろ
う。高所恐怖症の人はここで過ごせるのだろうか。ザ・ウェスティン・ハンブルグにチェックインする。客室に入っ
て納得。ガラスには無数のドット柄がついていて日光や視野を遮断する役割を果たしているらしい。そ
れでも窓際まで行くのに勇気が必要だった。建物はエルベ川に面していて、大きな川には無数の氷が
流れて行くのが見える。荷物の整理をしてから休憩し、夕食はタクシーでシーフードレストランへ。午後6時半と
ヨーロッパとしてはかなり早い時間であるにも関わらず、広い店内は既に食事をしている人々でいっぱ
い。スモークサーモンや鮪タルタル、名物鰻のスモークなどの海の幸のオードブルとオマール海老のコースだった。ドイツで鰻の
スモークが名物なんてく日本人として嬉しいね。明日は観光に参加しないので、ビールと白ワインを飲んだ。
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2月 10日(火)ハンブルグは曇り 2,3時間だけ晴れる
ミラノ・コルティナ冬季五輪:女子ビッグエア村瀬心椛金メダル
:男子個人ノーマルヒル二階堂蓮銅メダル
:スピードスケート女子1000b高木美帆銅メダル
遅い朝 ザ・ウェスティン・ハンブルグ 朝食ヴュッフェ






昼と夜兼用 ホテル客室にて 具だくさん豚汁、茹で卵、バナナ、どら焼き



夜は自由食。食欲も無いので昼夜兼用でこんな軽食
朝方、恒例と言ってしまうのが悲しいが、腹壊しとなる。何食べたっけ?魚と海老だろ、アルコールもビー
ルとワインだけ・・。うーむ、どうやら摂取したものと腹壊しはそれほど関係ないのではないかと最近
思っている。今日グループの皆さんは、ハンブルクから75`程離れたリューベックへ日帰り観光に出かけられ
る。かつてはハンザ同盟の盟主として繁栄を誇り、「ハンザの女王」と呼ばれた街だ。旧市街地区は世
界遺産に登録され、作家トーマス・マンの生まれ故郷でもある。この街に私は2度訪れたことがある。し
かも、町の駐車場にバスを停めると、そこからはずっと徒歩観光となる。ツァーコンダクターのI橋さんも
「歩く距離が長いのでちょっとユメコさんにはキツイかもしれませんね」と言っている。ほなリューベック観
光パスだわな、という流れだ。もともと今日はゆっくりするつもりだったが、早朝の腹不調で超ゆ
っくり朝になってしまった。今日もガラス窓の外は泣きたい程の暗い曇天だったが、昼過ぎ軌跡的に
晴れて青空が見えた。キャッホーとひとり喜んでいたのだが、次にみると曇天に戻っている。今日の夕食
は自由食。持って来た非常食を食べよう。遅い時間に行った朝のヴュッフェで貰って来た茹で卵とバナナ
が役立った。こんな日は甘いモノ苦手人間でもお茶を飲みながらのどら焼きが美味しい。こちらのテレ
ビでも冬季オリンピックは中継しているが、ドイツの人達が観たい競技は私が観たい競技とは違うようでテ
レビはつけないことにした。女子ビッグエアで村瀬心椛の選手が見事金メダルを獲得した。「椛」は「モ
ミジ」と読み、「心椛」で「ココモ」と読むのだそうだ。名前。ことにキラキラネームは読みが難しい。無酒日
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2月 11日(水)ハンブルグは曇り
ミラノ・コルティナ冬季五輪:スキージャンプ混合団体銅メダル
朝 ザ・ウェスティン・ハンブルグ 朝食ヴュッフェ






品揃えはまずまずだが、異様に縦長のレストランで使いづらい
昼 ホテル客室にて 茹で卵、パン、ワカメ味噌汁、バナナ
ホールとホテル・住宅のあるエルプフィル



8階ホテルロビーの向こうはホールのホワイエ 熱心なガイドが案内してくれる



こちらは小ホール。室内楽やジャズやロック、若い人のコンサートなども



エルプフィルの建物にあるホール・ホテル・住宅の窓はすべてガラス製



ホールのVIPルーム エルプフィルの屋上からみる屋根 溜まった水でガラス清掃



大ホールはぶどう畑をイメージして設計されている



パイプオルガンは建物の内装の一部となっている
早い夜 ザ・ウェスティン・ハンブルグ クリームチーズと無花果、セロリのたたき、牛ヒレステーキ ポテト添え、チーズケーキクリ
ームとパッションフルーツのアイスクリーム



コンサート前の早い時間の夕食


指揮:クラウス・マケラ ロイヤル・コンセルトヘボウの演奏でブルックナーの交響曲8番



90分間の演奏を終えて観客に挨拶するクラウス・マケラ❤



演奏者で大活躍したティンパニー氏とトランペット奏者を讃えるマケラ氏







素晴らしい演奏だっ た!
3日目の今日は午後からエルプフィルハーモニーの館内見学がある。専属ガイド氏の説明を日本人女性ガイド
が翻訳して私達に説明してくれる。これだけのユニークにして規模の大きな建物だから計画から竣
工に至るまではさぞや大変な事業であったのだろうと推測できるが、やはり工事は遅れに遅れ
て予定の7年後2017年1月10年の歳月をかけてやっと完成。当初の予算は7700万ユーロだった
が、最終的には10倍を超える7,89憶ユーロ!!建物の設計はスイスの建築事務所ヘルツォーク&ド・ムーロン
で、大ホールは音響効果のため壁と天井には_単位で個別に成型された1万枚の石膏ファイバープレート
がはめ込まれ、音響デザイナーは日本人の豊田氏が担当した。ホール全体が天井が高いドームのような
形であり、その真ん中に舞台があり、それを取り囲むように何層にもわたる客席がある。ぶど
う畑をイメージしてるらしい。しかし、上の方の客席に座って舞台を見下ろすと遥か下にあり、角
度も急だ。前後の客席とのピッチは狭く、中の方の座席の人が後で来たら全員立たねば通れない。
手摺りが無いので上下に移動する時は緊張を強いられる。パイプオルガンが建物に組み込まれてい
るのはユニークだ。今夜は、ここでコンサートを愉しむことになっている。見学ツァーでは、建物の屋上部
分にも案内された。屋根部分を眺め、ここに溜まった水でガラス清掃するなんて話も。この建物
のガラスは4枚重ねで厚みは15センチあるとのこと。それだけあれば、パリンなんて割れることも無
いだろうね。見学ツァーを終えて、着替え、早い時間に夕食を摂る。そして再び大ホールへ。今日は
第2カテゴリーの席で130€だった。まるで追っかけじゃん、と言われそうな指揮者はクラウス・マケラで、
オケはロイヤル・コンセルトヘボウ。曲目はブルックナーの交響曲8番だ。何せ90分かかる大作だから、演奏曲目
はこれ1曲のみ。ブルックナー苦手だから複雑な気持ちだが、何度も聴けば好きになるかもね。颯
爽とマケラ氏登場!昨年の11月以来だ。世界を飛び歩いている彼の疲労はいかばかりかと心配
になる。1月誕生日の彼は30歳になりたて。ティンパニーが大活躍した。このエルプフィルの大ホール、席
によって聞きずらいという話もあるそうだが、今夜座った舞台左上当たりの席では特に問題無
かった。90分の大作を演奏し終えた指揮者も演奏者もやり遂げた感の良い笑顔だった。無酒日
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2月 12日(木)ハンブルグもベルリンも曇り 夕方から雨
ミラノ・コルティナ冬季五輪:フリースタイルスキー男子モーグル堀島行真銅メダル
朝 ザ・ウェスティン・ハンブルグ 朝食ヴュッフェ







エルプフィル内のホテルともお別れ
昼 ベルリン「GENDARMERMERIE RESTAURANT」ロメインサラダ、肉団子とマッシュポテト、チョコレートムースとベリー






バスで4時間以上かけてベルリンへ 素敵なレストランでランチ



ベルリン車窓観光の後、リッツ・カールトン・ベルリンに2泊する









ツインの737号室に宿泊
夜 ベルリン・ザ・リッツ・カールトン・ベルリン客室にて サラダ、アメリカンクラブサンドイッチ、紅茶






ベルリンフィルハーモニー管弦楽団のコンサートを聴きに行く



指揮者はパーヴォ・ヤルヴィ ピアノはランラン



今夜のコンサートマスターは樫本大進さんだった!
このホテルで3度目の朝食を摂る。まずまずの朝食ヴュッフェだったが、オムレツは相変わらずウエルダンで美味
しく無い。結局ハンブルグは初日の半日観光した時と、夕食を摂りに行った時以外外出しないままに
なった。今度来る時は季節が良い時にしたいな。9時中型バスで出発し、ベルリンに向かう。3時間程
のドライブの予定だったのだが、途中工事中の場所があって高速を降りて迂回した関係で、ベルリンに
到着したのは午後1時半近くになっていた。早速ランチ。とても天井が高い広々とした空間で写真や
巨大な絵画もセンスがあって素敵じゃないか。ケネディ大統領の写真があって懐かしく見る。ランチメニューは
ロメインサラダと肉団子とマッシュポテトそれにチョコレートムースとベリーだった。ツァーコンダクターのI橋さんがこのレストランと
メニューについて準備段階でやったというやりとりが面白かった。「日本人は小食だから肉団子は少な
くしてほしい」「こちらでは肉団子は5個がレギュラーのボリュームである」「2個でどうだ」「4個は食
べて」「じゃ3個で」と決まったとか。しかし、実際は2個食べたらもうお腹が一杯になって1つ
残してしまった。ベルリンは初めて、という人が多く、ランチ後、ブランデンブルグ門は下車観光だったが、
後は車窓パノラマ観光を中心に市内をバスで走った。私はたぶんベルリンに5,6回は来ている。寒いの
でバスでウトウトしていた。夕方チェックインのためポツダム広場に面したリッツカールトンホテルへ。勝手知ったるホテルに
足を踏み入れるなり、異様な人混みに驚く。何でも今日から「ベルリン映画祭」が始まり、このホテル
でも重要なプログラムがあるらしく、関係者やマスコミ関連の人々でロビーは溢れ、ホテルの外には一目「押
しの俳優」を見たいと多くのファンが幾重にも取り囲んでいるのだった。とんだ日に宿泊すること
になってしまったよ。客室のチェックと今夜あるコンサートの支度をしたら、予約時間にルームサービスのサンド
イッチが届いた。そそくさと食べて出発。かつてこのホテルに宿泊してフィルハーモニーホールに何度も行ったこ
とがある。いつも歩いていた。しかし、今日は寒くて雨、それにあの頃に比べると歩行力はガ
クンと落ちている。I橋さんがタクシーを手配してくれ助かった。今夜のコンサートはパーヴォ・ヤルヴィ指揮で
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団。ラヴェルのピアノ協奏曲ト長調のピアニストはランランだ。席は第一カテゴリーで何と最
前列の6番。かなり右側だ。156€だった。右側の席だからランランの手許は全く見えない替わりに、
彼の足とギョロッっとした目玉がよく見える。ラヴェルのピアノ協奏曲が始まる。ランラン氏がペダルを踏
んだり蹴ったり(はウソ)する音がかなり大きく気になる。アクロバティックなピアノをよりアクロバティックに
見えるような演奏スタイルだった。でも楽しいよね、この曲。確か「のだめ」にも出て来た曲だ。
ピアノがウィーンと機械仕掛けで地下に降りて行って収納され、指揮者やコンマスの樫野さんがより近く
なる。2曲目はハンス・ロットの交響曲第一番ホ長調だ。ハンス・ロットはマーラーと同時代のオーストリアの作曲家だ
が、僅か26歳で亡くなってしまった天才。この交響曲は55分あり、マーラーに強い影響を与え
たとされる。初めて聴く曲だがすぐ引き込まれ、楽章のエンディングごとそれぞれ盛り上がるか
ら、つい拍手しそうになって苦笑い。素晴らしいひと時だった。帰りは未だ降り続く雨でタ
クシーは掴まらないしで困ったのだが、I橋さんの機転で3人はタクシーに乗せて貰い帰ることが
出来た。有難い。昼あれほどの喧噪だったホテルのロビーだが、今は静かになっていた。無酒日
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2月 13日(金)ベルリンは曇り
ミラノ・コルティナ冬季五輪:スノーボード女子ハーフパイプ小野光希銅メダル
朝 ザ・リッツ・カールトン・ベルリン 朝食ヴュッフェ






昼 ベルリン「VAPIANO」(自由食 6人で)、トマトスープ、サラダ、スパゲティ、ショートパスタ、ピッツァ2種、パンな
どをシェア @18€









ホテルの近くの大衆的なイタリアン。6人でピッツァやパスタ、サラダなどをシェアした
夜 ベルリン「FACIL」☆☆ 3種のおつまみ前菜、ノルウェー帆立貝、真鯛料理、パン、キャビアと出汁、仔牛、
シャンピニオン、グラニテ:シャーベット、ピーナッツに見立てたパッションフルーツ・アボガド・アイスクリームのデザート、カモミール
ティ)ビール、白ワイン、赤ワイン













ドイツのミシュラン☆☆のレストランで
今日の予定は午前中「ベルリン芸術探訪」と称して、ベルリンの美術館である「絵画館」を見学し、午
後はフリーとなっている。「絵画館」かぁ、ルーベンスやフェルメール、それにラファエロもレンブラントトなどの作品が展
示されているが、記憶では2度か3度行ったことがある。それでも久々に名画を観ようかと10時
に集合して歩き始めた。しかし、5分も歩くと腰の痛みで歩行困難に。膝は人工関節の手術をして
から随分よくはなったが、膝に気を取られている間いつの間にか脊椎管狭窄症になっていて、調子
の悪い時など長く歩けなくなった。情けない話だが、仕方がない。今日は朝食ヴュッフェの時歩いてい
ても調子が悪いなぁとは思っていたのだが、絵画館に向かって5分も歩くとどうにも腰の痛みに耐
えられず、早退を申し出た。僅かな距離なのにやっとの思いでホテルに帰ったが、今度は清掃が終わ
るまでの過ごし方に悩まされる。ロビー階にあるかなりの椅子はどこも昨日の続きでベルリン音楽祭関
係者がインタビューやミーティングで使用中。大きなソファセットに1ッだけ空いていた椅子を見つけ、「ここ座わ
っていいか」と聞き、図々しいとは思ったが座らせて貰った。小一時間ロビーで本を読み、部屋に帰
るとI橋さんからメールが来た。ホテルの近くのイタリアンでみんな一緒にランチしようというお誘いだった。ま
ぁ美味しいとも言えなかったが、6人で一皿をシェアして食べるのは楽しかった。皆さんは最後のお
土産を求めてお買い物へ。それにしてもベルリンも冬はお天気が悪い日が多く、冬のドイツでは何とも
意気が上がらない。夕食はミシュラン2つ☆レストランのディナーである。今朝、私が「ここが限界」と早退し
た地点より少し先にあるホテルの2階だった。十数年前からこの傾向があったが、この店のメニューに
もMADAI⁻RED JAPANESE なんて記載があったり、キャビアに出汁が一緒に供されたり、欧州のシェフ
達も日本食を意識していることが伺われる。その気持ちだけは買うけどね。お洒落な雰囲気の店。
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2月 14日(土)ベルリンは曇り
ミラノ・コルティナ冬季五輪:スノーボード男子ハーフパイプ戸塚優斗金メダル、山田琉聖銅メダル
:フィギャアスケート男子鍵山優真銀メダル、佐藤駿銅メダル
朝 ザ・リッツ・カールトン・ベルリン 朝食ヴュッフェ








昼 ザ・リッツ・カールトン・ベルリン客室にて 小海老天ぷらそば、茹で卵、マドレーヌ、バナナ



ホテルのご厚意で午後2時までチェックアウトが延長された
夕方のお茶 ベルリン空港ビジネスラウンジ ホットチョコレート

ベルリン空港ビジネスラウンジ
あっという間の最終日である。ツァーの皆さんは10時にホテルを出発して、往路と同じようにフィンエアを使い
ヘルシンキ経由で帰られる。私は例によってひとりで午後2時半頃チェックアウトして日本人ガイドの方と空港に向
かうことになっている。当初は客室を正午で帰して、適当な店でランチをなんて考えていたのだが、一
昨日からの映画祭の呷りを受けてホテルで優雅にランチなんて出来ないと諦めた。代わりにホテルが午後2時ま
でチェックアウト遅らせてくれると言うので、最後の非常食出動の予定である。リッツカールトンに宿泊するのは3回
目だと思うが、朝食ヴュッフェは結構充実していた。9時50分にロビーでツァーの皆さんにご挨拶。私以外の
4人の中で初めての方は1人だけというメンバーだった。気を付けてお帰りくださいね。2時過ぎ、ロビー
に降りて行くと、送ってくれる日本人ガイドの方が早めにいらしていた。車も来ているという。それな
ら空港に行きましょう。ベルリンの空港までは車で35分程である。17時40分発のルフトハンザ機でフランクフルト
へ。更に20時45分発ANA機羽田行きに乗る。座席は8⁻A。往路と同じように夜便だから、席に座っ
たらすぐマスクとアイマスクを貰って装着、毛布を被る。眠れるかどうかわからないが、目を瞑ろう。無酒日
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2月 15日(日)日本は18°だって!
ミラノ・コルティナ冬季五輪:スキージャンプ男子ラージヒル二階堂蓮銀メダル
:フリースタイルスキー男子デュアルモーグル堀島行真銀メダル
昼 ANAフランクフルト=羽田ビジネスクラス機内食 グリーンサラダ、ヴィーガンカレー、フルーツ、コーヒー




ランチとしての機内食



日が長くなって午後5時過ぎでもホンノリ明るい羽田空港
夜 明石町「ダイニング」A定食(メンチカツ、野菜の煮物、小松菜のしらすがけ、大根の梅紫蘇和え、御
飯、お吸い物、みかん)2090円、麦焼酎









国際線のフライト後半は、日本時間を意識して過ごす。羽田到着が午後6時前で、帰宅して食べる食事
は夕食だから、昼食をそれなりの時間に食べるのが肝要ということだ。日本時間の正午→ドイツ時間
午前4時に機内食を食べると丁度良い。昨今帰路は常にヴィーガンカレーを食べる。ライスを半分にして貰
った。さーて、食事を終えたら動画タイムだ。往路でバカリズムの数年前の連続ドラマで安藤さくら主演の
「ブラッシュアップライフ」を初めて見て夢中になり、3話まで観た。いよいよ続きの4話から最後の10話
まで見るんだもんねー。死後案内人として登場する作者でもあるバカリズムが、次に生まれ替わる姿
を淡々と死者に告げるのだが、これがイチイチ笑わせる。もちろん、人間以外の生まれ替わりなどはザ
ラで「鯖」なんて言われてしまってね、食べるのは好物だけどなりたいとは思わない、という主人
公の気持ちがよくわかる。それがイヤで、また同じ人物として人間を何度もやり直す。1周目は市役
所の職員だったが、市民のクレームにウンザリして2周目は薬剤師になり・・・こうして職業を替えなが
ら、何度も生きられるのが本当のことだったら相当面白いよね。そうではないからこそ、このド
ラマが面白い。ドイツはあんなにお天気が悪かったのに日本は18度だって。いいなぁ、温かい日本は。
次は温かいところに行きたい。予定より早く午後5時過ぎ、ANA機は第2ターミナルに到着した。ヤレヤレ。
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【今週の振り返り】
2月6日に開会式が開かれたミラノ・コルティナ冬季五輪大会は、今まさにたけなわである(笑)。度々旅に
出かけ、出入りの激しい人間の私は、時差の関係もあって開会式も競技もジックリ眺めるということ
はほとんど無い。日本人選手が活躍した種目や短いインタビューをニュースや情報番組で知る程度である。
だから、開会式もサラリとダイジェストにした映像しか観ていない。それでも、開会式の一コマでベテランのテ
ノール歌手がプッチーニの歌劇「トゥーランドット」の最高に盛り上がるアリア「誰も寝てはならない」を歌い上げ
る場面はとても印象的だった。そうだよねぇ、イタリアには有名なオペラ作曲家が何人もいるのだよねぇ。
先ずは「椿姫」や「アイーダ」、「リゴレット」などを作曲し「オペラ王」と呼ばれたジュゼッペ・ヴェルディを
筆頭に、「ラ・ボエーム」、「トスカ」、「蝶々夫人」、「トゥーランドット」など美しいメロディで人気のプッチーニ、「セ
ビリアの理髪師」、「ギョーム・テル」のジョアキーノ・ロッシーニ、ヴィンチェンツォ・ベッリーニは「ノルマ」、「夢遊病の女」な
どを作り、「カヴァレルア・ルスティカーナ」で知られるピエトロ・マスカーニ」など・・・。凄いじゃないか、一国で
こんなにオペラ作曲家がいるイタリア。本当に羨ましい。
それでは、今週私が旅したドイツはどんな音楽家を輩出したのか。結論から言えば、ドイツは全然負
けていない。イタリアとは趣きを異にするが、音楽の巨匠をずらりと取り揃えているのだよ。バロック
時代には「音楽の父」と称されるヨハン・セバスチャン・バッハ、後にイギリスに帰化したがハレ生まれのゲオルク・
フリドリッヒ・ヘンデルがいて、この2人は共に1685年生まれだ。古典派時代になって「楽聖」と後に呼
ばれ燦然と音楽史に輝くルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンがいた。ロマン派時代には、「魔弾の射手」など
で知られるカルル・マリア・フォン・ウェバーが、ハンブルグ生まれの早熟の天才フェリックス・メンデルスゾーンが、ブラームスを
見出したロベルト・シューマンが、楽劇分野で革新的手法を確立したリヒャルト・ワーグナーが、そしてベートーヴェンの
後継者と目されたヨハネス・ブラームスがいた。近代になっても交響詩やオペラで知られるリヒャルト・シュトラウスが
活躍した。ことにバッハとベートーヴェンとブラームスの3人は、頭文字を取って「ドイツ3大B」として知
られる。キラ星のごとくの偉大な音楽家リストに溜息が出るのだが、他にもカノンで知られるパッヘルベルや
「ホフマンの舟歌」で有名なジャック・オッフェンバッグなどもドイツ生まれの音楽家なのだ。
小学生時代から音楽室にグルリと貼ってあったクラッシック音楽の作曲家達の肖像を繰り返し眺めている
少女だった。皆立派な鬘を被っていた。端からバッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツアルト、ベートーヴェン、シューベ
ルト、‥左から生年年代順に並べられた肖像画を今でも思い浮べることが出来る。これに先週行っ
ていたオーストリア出身の作曲家であるハイドン、モーツアルト、シューベルト、ブルックナー、ヨハン・シュトラウス2世などを入
れると、音楽史に登場する作曲家達の8割程がこの3ヶ国に入っていることに気づく。凄いこと
ですなぁ。これにポーランドのショパン、ハンガリーのリスト、フランスのビゼー、ベルリオーズ、ドビッシー、ラヴェル、チェ
コのスメタナ、ドボルザーク、マーラーなどを加えたら、ほぼ音楽史に登場する音楽家が揃うことになる。
今回行ったハンブルクでは、メンデルスゾーンとブラームスを輩出してる。メンデルスゾーンは哲学者を祖父に銀行家
を父に極めて裕福な家庭に生まれた。2歳でハンブルクからベルリンに家族と共に移り、ピアノや作曲を学
んで神童ぶりを発揮していた。12歳で恩師の紹介でヴァイマールに住む72歳のゲーテを訪ね、2週間滞
在したこともある。14歳の誕生日プレゼントとして母方の祖母からバッハの「マタイ受難曲」の写筆スコア
を贈られ、17歳であの「夏の夜の夢」の序曲を作曲してしまうのだから困ったものだよ。1829年
20歳の時、14歳の時祖母から送られたバッハ「マタイ受難曲」を自ら監督をしてバッハの死後初めて公
開演奏を行っている。バッハが亡くなったのは1750年だから約80年前に亡くなったバッハの作品を
蘇らせ、後世に印象づけたのは弱冠20歳のメンデルスゾーンだったのだ。34歳で自ら奔走して設立資
金を集めてライプツィヒ音楽院を開校して院長となり、若き音楽家の育成に尽力した。しかし、3年後
38歳で急死してしまう。メンデルスゾーン家はユダヤ人の家系だったため、言われなき迫害を受けること
が多く、メンデルスゾーンの死から3年後に、生前対立することもあったワーグナーは「音楽におけるユダヤ
性」と題した論文で、メンデルスゾーンの芸術性を否定したこともある。今週ハンブルグを案内してくれ
たガイドさんは「ハンブルクはブラームスを生んだ街です」とは言ったが、メンデルスゾーンの紹介は無かった。
私はメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」も「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」も「無言歌集」も好きだよ。素
人とは思えない見事な水彩画も好きだ。
ブラームスは大好きだが、彼の魅力についてはまた別の機会に。少女期に惹かれる作家であるフランソ
ワーズ・サガンが書いた「ブラームスはお好き」(朝吹登水子訳)のタイトルを見た時、何故か「やられた」
と思った。映画化された時のタイトルは「さよならをもう一度」だった。映像にはブラームスの交響曲
第3番のあの3楽章が流れるのだよ。それはズルイ!テクニカルファウルですよー!
マタイ受ニャン曲知ってる? 知らニャイ
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